六話「スノー」
俺は弾かれるように大広間を飛び出した。
声のした方へ全力で駆ける。
嫌な予感しかしなかったが__案の定だった。
「にゃあああああっ!」
白い小さな影が、半泣きになって通路を駆け回っている。
その後方から追っているのは、蜘蛛型の石像モンスターだった。
金属質な脚を高速で動かし、壁を這うように迫っている。
「何やってんだあの子!?」
思わず叫ぶ。
だが理由を考えている暇はない。
蜘蛛石像が跳躍した瞬間、俺は横から突っ込んだ。
「邪魔だッ!」
全力の蹴りを叩き込む。
鈍い衝撃音と共に蜘蛛石像が吹き飛び、壁へ激突した。
その隙に白い少女を抱き上げる。
「んにゃ!? にゃにゃああああっ!?」
「暴れんなって!」
警戒心が抜け切っていないのか、少女は俺の腕の中で必死にもがいた。
顔を引っ掻かれる。
地味に痛い。
だが構っている余裕は無かった。
背後から、重く鈍い足音が響いていたからだ。
ゴォン。
ゴォン。
石の巨人が床を揺らしながら迫って来る。
振り返らなくても分かる。
あの【魔導石像 Lv 50】だ。
「最悪だろ……!」
蜘蛛石像だけならまだどうにかなった。
だが、あいつは駄目だ。
格が違う。
追いつかれた時点でゲームオーバー確定である。
俺は少女を抱えたまま全力疾走した。
通路を抜け、罠床を飛び越え、入口を目指して駆ける。
「にゃっ! にゃにゃおっ!」
「ちょ、おま__前見えねぇ!」
少女が突然、俺の顔へしがみついてきた。
どうやら後ろの石像を見て完全にパニックになったらしい。
恐怖で震えているのは分かる。
分かるが。
「視界塞ぐな! 死ぬ! 死ぬから!」
ふわふわの白毛が顔面に押し付けられる。
前が見えない。
だが止まれば終わる。
背後では蜘蛛石像たちが金属音を響かせながら迫り、『魔導石像』の足音が徐々に近付いていた。
出口はまだか。
まだかーー!
次の瞬間。
視界の先に、外光が見えた。
「抜けろぉぉぉッ!!」
最後は半ば飛び込むように、俺は塔の外へ転がり出た。
そのまま地面を数回転がる。
荒い呼吸。
焼けるような肺。
だが__追撃は来ない。
恐る恐る振り返る。
塔の入口手前で、『魔導石像』たちは停止していた。
赤い瞳だけがこちらを睨みつけている。
しばらくして、その光も静かに消えた。
「はぁ……はぁっ……」
「にゃぁぅぅぅぅ……」
俺と少女は揃って地面へ大の字になった。
危なかった。
本当に危なかった。
あと少し遅れていたら終わっていた気がする。
「再挑戦は……もっと強くなってからだな……」
息を整えながら呟く。
あれは今のレベルで挑む相手じゃない。
生身で五百キロの鉄骨を担げと言われるようなものだ。
無理ゲーにも程がある。
しばらく休んだ後、俺は身体を起こした。
少女ももぞもぞと起き上がる。
「怪我はないか?」
「にゃぁ……」
今度は逃げなかった。
むしろ少しだけ、こちらへ身体を寄せてくる。
どうやら助けたことで警戒が薄れたらしい。
とはいえ、いきなり撫でるのはまだ早い気がした。
野良猫相手に距離感を間違えると嫌われる。
俺は何となくそんな気分で、苦笑する。
「それにしても……あの箱、何入ってたんだろうな」
思い出すのは、大広間の豪奢な長箱だ。
ゲーム的に考えて、ああいうのは高確率で当たり。
魔剣。
魔導書。
レア装備。
あるいは金塊山盛り。
「……欲しかったなぁ」
男なら誰だって気になる。
だが、命あっての探索だ。
場所は『マップ』に記録した。
また後で挑めばいい。
「……にしても、何で俺だけ入れたんだ?」
少女は最初、塔へ入れなかった。
条件持ちなのか。
それとも別の理由か。
考え込んでいると、不意に太腿へ小さな前脚が乗った。
「ん?」
「にゃあ〜……にゃあ〜」
見下ろす。
少女が何かを訴えるようにこちらを見上げていた。
直後。
ぐぅ〜、と可愛らしい音が鳴る。
「……腹減ったのか」
「にゃぅ〜……」
耳がぺたんと寝る。
どうやら図星らしい。
言われてみれば、俺も小腹が空いていた。
「飯にするか」
「にゃっ!」
一瞬で元気になる。
分かりやすい。
俺は周囲から石と木片を集め、簡易の囲炉裏を作った。
火を起こし、『次元収納』から魚を取り出す。
「お、まだ新鮮なままだな」
「にゃあ!」
魚は昨日と変わらず元気に跳ねていた。
保存状態まで維持される辺り、『次元収納』はかなり便利だ。
俺は魚へ串を通し、囲炉裏の傍へ立てる。
ライターで火を点けると、ぱちぱちと小気味良い音が鳴り始めた。
香ばしい匂いが漂う。
「にゃんにゃんにゃん!」
「まだだって」
少女は待ち切れないのか、魚へ飛びつこうとしていた。
それを制しつつ、俺はふと『鑑定眼』を使う。
そして、初めて知った。
「……あれ。キミ、女の子だったのか」
「にゃぁ?」
首を傾げる少女。
種族名は『妖精猫』。
獣人ではなく魔物寄りの存在らしい。
身長は三十センチ程度。
二・五頭身。
顔立ちは人間寄りだが、身体は完全に猫。
基本は四足歩行だが、時折二足で立つようだ。
「子供かと思ったら、もう成人済みなのか……」
しかも名前欄が空白だった。
「名前、付けてもいいか?」
「にゃあ?」
少女__妖精猫が小首を傾げる。
真っ白な毛並み。
雪みたいな色。
「……スノー、とかどうだ?」
「にゃんっ!」
ぱっと両手を上げた。
どうやら気に入ったらしい。
「よし。じゃあ今日からスノーな」
その瞬間だった。
視界に半透明のウィンドウが表示される。
◇
※命名により『スノー』が使い魔となりました。
※使い魔はペットのような存在です。
※愛情を持って接しましょう。
◇
「…………」
俺は数秒黙った。
「……なんか使い魔になったんだが?」
「んにょあ?」
当の本人__本猫は、まるで気にした様子もなく焼き魚へ齧り付いている。
尻尾をぱたぱた揺らしながら、幸せそうに頬張る姿を見て。
「……まあ、いっか」
深く考えるのをやめた。




