五話「不可視の塔」
子猫を助けたあと、俺はそのまま南へ向かって歩いていた。
目的は単純。
未踏破エリアの穴埋めだ。
『マップ』の上部には、まだ白く塗り潰された領域が残っている。
ゲーム時、こういう空白は埋めたくなる性分だった。
森を抜け、斜面を下り、しばらく進んだ頃。
視界の先に、ぼんやりと巨大な影が浮かび上がった。
「……塔?」
灰色の空を背にしたそれは、細長く天へ伸びている。
距離があるせいで輪郭は曖昧だが、人工物なのは間違いない。
俺は目を細め、『鑑定眼』を発動した。
◇
【不可視の塔】
・認識阻害の魔法が施された塔
・一定条件を満たした者のみ視認可能
◇
「いや、見えてるんだが」
思わずツッコむ。
不可視とは何だったのか。
だが、見えてしまっている以上はありがたく利用させてもらおう。
こういう場所には、大抵レアアイテムかイベントが眠っている。
「冒険の匂いがするな」
口元を吊り上げ、塔へ向かって歩き出す。
「に、にゃあ……?」
後ろから戸惑ったような声が聞こえた。
振り返ると、先程の白い子猫が少し離れた位置で塔を見上げていた。
どうやら、ずっと後をついて来ていたらしい。
子猫は恐る恐る塔へ近付き__何かにぶつかったように足を止めた。
「……入れないのか?」
「にゃ、にゃぅ……」
前脚を伸ばしては引っ込める。
見えない壁でもあるかのようだった。
試しに俺も入口へ触れてみる。
抵抗はない。
重厚な扉は軋む音を立て、ゆっくりと開いた。
「俺だけ入れるってわけか」
理由は分からない。
だが、今は考えても仕方ない。
俺は入口で立ち止まり、子猫へ片手を上げた。
「悪いな、猫さん。先に探索してくる」
「にゃぅ……」
どこか不安そうな鳴き声を背に、塔の内部へ足を踏み入れる。
瞬間、空気が変わった。
ひやり、と肌を撫でる冷気。
外とは隔絶された静寂。
「……妙に綺麗だな」
石造りの通路には埃一つ積もっていない。
壁には青白い魔導灯が等間隔に並び、薄暗い内部をぼんやり照らしている。
広さは都内の雑居ビルほどだろうか。
見上げるほど高い天井に、複数階層へ続く吹き抜け。
『マップ』も塔内部用に切り替わったようで、未探索部分は真っ白だった。
「部屋も多いな」
中央奥には上階へ続く螺旋階段。
その周囲にいくつもの扉が並んでいる。
「とりあえず一階から探索するか」
俺は最も近い部屋へ向かった。
途中、床の一部だけ色が違っていることに気付く。
『鑑定眼』を向ける。
◇
【罠床】
◇
「親切設計で助かる」
踏まないよう避けながら進み、扉を押し開けた。
「……何の部屋だ?」
中には大量の調度品が積み上げられていた。
机、棚、燭台、壺。
床には羊皮紙の束が無造作に散らばっている。
入口脇には巨大な鉄壺が置かれており、その中には折れた剣や槍が山のように放り込まれていた。
「倉庫……いや、廃棄場か?」
羊皮紙を拾ってみるが、文字は読めない。
「『鑑定眼』でも翻訳は無理か」
万能じゃないらしい。
とはいえ、皿やコップ類はまだ使えそうだった。
「生活用品はありがたく貰っとくか」
いくつか『次元収納』へ放り込み、次の部屋へ向かう。
そこも似たような部屋だった。
ただ、一つだけ違うものがある。
「箱?」
古びた鉄製の箱だ。
分厚い南京錠で厳重に封じられている。
「……絶対レアアイテム入ってるやつじゃん」
男心を刺激してくる。
だが鍵が無ければ開かない。
俺は別の部屋を探すことにした。
次に入ったのは研究室らしき場所だった。
棚一面に並ぶガラス瓶。
机には陶器製のすり鉢や薬品器具。
いかにも錬金術師の工房といった雰囲気だ。
「これは当たり部屋か?」
液体入りの瓶を『鑑定眼』で確認する。
◇
【精霊樹の樹液】
・世界樹近辺にのみ存在する系統樹の樹液
・万能薬の素材
・希少度A
◇
「……マジか」
思わず呟いた。
かなりのレア素材だ。
しかも劣化していない。
「もちろん回収で」
瓶ごと『次元収納』へ放り込む。
ついでにすり鉢や器具類も確保した。
将来的に調合スキルが手に入る可能性もある。
備えておいて損はない。
そして探索を続けた結果___鍵は意外な場所で見つかった。
「問題は、あいつだな……」
大広間。
壁一面を埋め尽くす巨大な壁画。
その真下に、豪奢な装飾の施された細長い箱。
そして、それを守るように鎮座する石像。
騎士型だった。
剣と盾を携えた重装兵。
『鑑定眼』が無情な情報を表示する。
◇
【魔導石像 Lv 50】
・鍵の番人
◇
「どう見てもボスです。本当にありがとうございました」
即撤退を決めた。
レベル差が終わっている。
一階でこれなら、上層はもっと地獄だろう。
「……この塔はまだ早ぇな」
俺は静かに後退する。
だが、その瞬間だった。
『にゃあああああああああああああっ!?』
大広間の外から絶叫が響いた。
同時に。
魔導石像の双眸が赤く発光する。
「お、おい……マジかよ!」
嫌な予感しかしない。
俺は即座に駆け出した。




