四話「廃村の夜」
腹ごしらえを終えた頃には、すっかり夜も深くなっていた。
そろそろ本格的に休む場所を決めなければならない。
「教会は……やめとくか」
あそこは、どうやら獣人の子供の寝床らしい。
勝手に居座るのも気が引けた。
「となると、レストラン跡地か、よろず屋跡地だな」
“よろず屋跡地”というのは、昼間に探索した店跡の事だ。
同じような建物がいくつもあるため、自分の中で区別しやすいよう勝手に名前を付けていた。
まずは近場のレストラン跡地へ向かう。
夜になったとはいえ、村のあちこちに転がる淡く発光した石のおかげで、完全な闇にはなっていなかった。
「街灯代わりって感じか?」
魔道具の類かもしれない。
そんな事を考えながら空を見上げ__思わず足を止めた。
「……星、すげぇな」
息を呑むほど綺麗だった。
東京で暮らしていた頃は、ネオンや街灯のせいで星空なんてまともに見えなかった。
こんな空を最後に見たのは、子供の頃。
祖母に連れられて行った冬の九十九里浜以来かもしれない。
空いっぱいに散らばる星々。
大小二つの月。
まるで別世界みたいだ__いや、実際別世界なのだが。
「……」
少しだけ見惚れてしまう。
だが、夜風は思った以上に冷たかった。
風邪でも引いたら洒落にならない。
俺は視線を空から外し、寝床探しを再開した。
レストラン跡地へ到着する。
今度は内部をしっかり確認してみた。
「天井と壁は残ってるけど……」
四方の壁が崩れている。
つまり、どこからでも侵入可能という事だ。
しかも大通り沿いに建っているため、外から丸見えに近い。
「隠れるには向かないな」
できれば、安全に身を隠せる場所がいい。
そう判断し、レストラン跡地は候補から外した。
残るは、よろず屋跡地。
路地裏へ入った先にある建物だ。
「こっちは悪くないな」
入口部分こそ崩れているが、奥側は比較的無事だった。
周囲を建物に囲まれているため、外から見えにくい。
隠れ場所としては十分だ。
「……本当は教会の近くがよかったんだけどな」
獣人の子供の事が少し気になっていた。
だが、無理に干渉するのも違う気がする。
「向こうから来ない限り、こっちから踏み込むのはやめとくか」
そう決め、寝床作りを始めた。
棚や木箱を動かし、簡単な仕切りを作る。
子供の頃に作った秘密基地みたいで、少し楽しかった。
剣は手の届く位置へ置く。
その後、比較的綺麗な布類を取り出す。
着るにはボロすぎるが、寝床代わりなら十分だ。
外の藁小屋から持ってきた藁束を置いて嵩増しし、その上に布類を敷き詰めていく。
「……よし」
簡易ベッド完成。
俺はそこへ腰を下ろし、大きく息を吐いた。
「なんつーか、濃い一日だったな……」
死んで、異世界へ飛ばされて。
魔物と戦い、廃村を探索して。
獣人の子供に焼き魚を分けて。
普通に考えれば滅茶苦茶だ。
だが、不思議と嫌じゃなかった。
むしろ胸の奥が高揚している。
現代日本では味わえない非日常。
未知の世界。
冒険。
危険だってあるだろう。
それでも___。
「男なら、ちょっとは憧れるよな」
思わず笑う。
「さて、明日は探索だ」
逸る気持ちを抱えたまま、俺は横になった。
◇
ピピピピピ__________。
「……んぁ」
聞き慣れた電子音に、ぼんやり目を開ける。
仕事か。
準備しねえと。
半分寝ぼけたまま、いつものようにスマホへ手を伸ばした。
だが、そこにあるはずの机がない。
「……あ?」
数秒遅れて、視界の違和感に気付く。
見慣れたアパートの天井ではない。
崩れた壁。
積み上がった木箱。
埃っぽい空気。
「……そうだった」
ようやく意識が覚醒する。
「異世界だったわ」
完全に仕事へ行くつもりで起きていた。
習慣とは恐ろしい。
アラーム音はズボンのポケットから聞こえていたので、スマホを取り出して停止する。
「ふぁ〜……」
大きな欠伸が漏れた。
「トイレ行きてぇ」
尿意に急かされ立ち上がる。
建物内を見回すが、それらしい場所はない。
「まあ、どっかにはあるだろ」
村人だって生きていたのだ。
トイレくらい当然あるはずだ。
剣を持って外へ出る。
すると、広場の隅に小屋を発見した。
「お、あった」
近づいた瞬間だった。
「……っ!」
茶色いスライムがいた。
不意を突かれて一瞬固まる。
だが、向こうも驚いたらしい。
スライムは慌てて個室へ逃げ込んでいった。
「……なんだ今の」
一応、追いかけてみる。
しかし個室の中には姿がなかった。
「どこ行った?」
その時、『鑑定眼』が反応する。
位置は真下。
「……まさか」
俺はそっと便槽を覗き込んだ。
「落ちたのか……」
御愁傷様である。
上がってくる気配もない。
というか、助ける気にもならない。
「……ここには入りたくねぇ」
俺は静かに隣の個室へ移動した。
こちらは木製便座付きのボットン便所だった。
埃を布で軽く拭き、腰を下ろす。
「ん?」
横を見ると、藁束が置いてある。
「……紙代わりか?」
この世界のトイレ事情を察する。
「きついなぁ……」
今回は小だけで助かった。
紙の確保は将来的な最優先事項かもしれない。
「ふぅ……」
用を済ませて外へ出る。
そこでふと気付いた。
「あれ、臭くないな」
ボットン特有の悪臭がほとんど無かった。
何か処理方法があるのかもしれない。
まあ、今考えても仕方ない。
「喉渇いたし、水辺行くか」
ついでに剣も研ぎたい。
そう考えて歩き出した時だった。
「ん?」
前方を、小さな影が歩いていた。
昨日の獣人の子供だ。
四足で、てくてくと歩いている。
「……可愛いな」
どうやら湖へ向かっているらしい。
俺も後を追う。
ただし、距離は取った。
近付きすぎれば逃げられそうだったからだ。
村には井戸が無かった。
湖が近いから作る必要がなかったのかもしれない。
やがて湖畔へ辿り着く。
俺はしゃがみ込み、水面を覗いた。
「この水、飲めるのか?」
『鑑定眼』には“良質”と表示されている。
だが、現代人としては少し抵抗がある。
「……まあ、飲まない訳にもいかないか」
意を決して口をつける。
「……うまっ」
驚くほど冷たく、美味かった。
澄んだ天然水そのものだ。
視線を向ければ、獣人の子供もぺろぺろと水を飲んでいる。
「現地人も飲んでるなら平気か」
水の心配は無さそうだ。
続いて剣を研ぐ。
やり方は知らない。
だが、昔親父から教わった包丁の研ぎ方を思い出しながら、なんとかやってみる。
一時間後。
「……こんなもんか?」
包丁より遥かに大変だった。
それでも刃はかなりマシになったと思う。
布で拭き、鞘へ収める。
「さて」
本格的に探索開始だ。
まずはマップ左上の空白地帯を埋める。
その近くには洞窟らしき場所もある。
「丁度いい」
俺は湖を後にし、南へ歩き始めた。
その時だった。
「ニャァァァァァァァァ!!」
「!?」
物凄い勢いで飛び込んできたのは、獣人の子供だった。
しかも後ろには角兎。
「追われてたのか!」
俺は即座に地面を蹴る。
接近。
角兎がこちらへ気付いた瞬間、剣を振り抜いた。
刃が背を深く裂く。
血飛沫。
数メートル吹き飛んだ角兎は、そのまま地面で痙攣し、動かなくなった。
「……やっぱ武器あると楽だな」
血を払い、剣を鞘へ戻す。
一方、助かった獣人の子供は、少し離れた場所でこちらを見上げていた。
だが、近付いては来ない。
「まあ、すぐには警戒解けないか」
無理強いはしない。
俺は小さく肩を竦め、そのまま探索へ戻る事にした。




