表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

三話「焼き魚と獣人少女」


 湖は廃村のすぐ隣にあった。


 近づいてみると、想像していた以上に大きい。

 岸辺まで歩み寄り、水面を覗き込む。


「……綺麗だな」


 水は驚くほど透き通っていた。

 湖底まで見えるほど透明度が高く、陽光を受けて水面がきらきらと揺れている。

 その中を、何匹もの魚影が泳いでいた。


「結構でかいのもいるな」


 視界に表示された情報を確認する。


『キングレッドトラウト』


 トラウトというから鮭の仲間なのだろうか。


 とはいえ、鮭なんてスーパーの切り身でしか見た事がない。

 正直、見分けはつかなかった。


「まあ、食えるなら何でもいいか」


 レベル表記はない。

 もしかすると魔物かと思ったが、どうやら普通の魚らしい。


「問題は捕まえ方だな……」


 釣り竿はない。


 店跡も探したが、それらしい道具は見つからなかった。

 そもそも、釣り自体ほとんど経験がない。

 中学の頃に一度やったきりだ。


「……素手でいけるか?」


 今の身体能力なら、案外どうにかなるかもしれない。


 そう考えた俺は、安全靴と靴下を脱ぎ、作業着の裾をまくり上げる。

 そのまま湖へ足を踏み入れた。


「っ、冷てぇ!?」


 思わず声が漏れる。


 体感では十度前後だろうか。

 外気は暖かかっただけに、不意打ちだった。


 当然、入水した瞬間に魚たちは一斉に逃げていく。


「だよなぁ……」


 だが、逃がしたままでは終われない。


 今の俺には、他に食料がないのだ。

 俺はその場でじっと動きを止めた。


「…………」


 冷たい。


 かなり冷たい。


 だが耐える。


 魚が戻ってくるまで、ひたすら待つ。


 自分は置物なんだ、と心の中で言い聞かせた。


 そういえば、昔動画で見た事がある。

 水辺でじっと待ち伏せして魚を捕らえる恐竜のCG映像だ。


「……あいつらもこんな気分だったのか?」


 そんな馬鹿な事を考えていた、その時。


「___っ」


 一匹のレッドトラウトが、ゆっくりと近づいてきた。


 手を伸ばせば届く距離。


 まだ動くな。


 もう少し。


 もう少し引き付けて___。


「今っ!」


 水面を勢いよく弾く。


 魚体が跳ね上がった。

 そのまま空中へ放り出されたレッドトラウトを、『次元収納』へ叩き込む。


「……よし!」


 思わず拳を握る。


「やればできるもんだな」


 一匹成功すれば、あとは感覚だ。

 俺は同じ要領で二匹、三匹と捕獲していく。


 しばらくすると、周囲から魚影が減ってきた。

 そこで顔を上げ、別のポイントを探す。

 すると視界に魚の名前が浮かび上がった。


『レッドトラウト』

『ソルトフィッシュ』


「ソルトフィッシュ……塩魚?」


 ネーミングが雑だなと思いつつも、どうやら食用らしい。

 しかも居場所まで表示されている。


「鑑定、便利すぎるだろ……」


 もはや魚群探知機だ。


 俺は場所を変えながら魚を捕り続けた。

 気付けば、太陽がかなり傾いている。


「……熱中しすぎたな」


 十分な量を確保できたところで湖から上がる。

 キングサイズこそ無理だったが、成果としては上々だ。


「さて、拭く物……」


 そこで気付く。

 タオルがない。


「しまったな」


 店跡で適当に布でも持ってくればよかった。

 仕方なく、作業着の裾で足を拭き、安全靴を履き直す。


「暗くなる前に戻るか」


 夜は危険だ。

 ゲームでも強い敵は大体夜に出る。

 異世界なら尚更だろう。

 本当は周囲をもっと探索したかったが、今日はやめておいた方がいい。


 俺は廃村へ戻った。


 途中で店跡へ立ち寄り、散乱していた布類をいくつか回収する。

 その後、比較的形を保っている大きな建物へ入った。


「……教会か?」


 内部は広い。


 奥には、翼を持つ女性像が立っていた。

 長い年月放置されていたのだろう。

 像は埃を被っていたが、それでもどこか神聖な空気を纏っている。


「こういうのは綺麗にしとくべきだよな」


 俺は拾ってきた布で女神像を軽く拭いた。


 理屈じゃない。

 なんとなくだ。


 その後、一度外へ出る。

 入り口付近へ石と木片を集め、簡易的な囲炉裏を組んだ。

 中央へ木屑や布切れを置く。


「ライター……あった」


 ポケットからジッポライターを取り出す。

 煙草と一緒に持ち歩いていた愛用品だ。


 布へ火をつけ、囲炉裏へ放り込む。

 やがて、ぱちぱちと火が燃え始めた。


 暖かな火を見下ろしながら、『次元収納』から魚を取り出す。


「……串がねぇな」


 焼き魚にしたいが、このままでは焼けない。


 俺は再び村を回り、代用品を探した。

 幸い、少し大きめの建物___おそらく食堂か何かだった場所で、鉄串を発見する。


「助かった」


 他にも調理器具が散乱していた。

 どうやら本当に飲食店だったらしい。


 それよりも、夜気がかなり冷えてきた。

 俺は急いで教会へ戻る。

 その途中だった。


「……ん?」


 囲炉裏の傍に、小さな塊が見えた。

 こちらに気付いた瞬間、びくりと震え、逃げ出す。


「あ___」


 一瞬だけ姿が見えた。


 獣人の子供。

 猫のような耳と尻尾が見えた気がする。


「こんな所に一人か?」


 気になって辺りを探す。

 だが、見つからない。


 仕方なく教会へ戻ると、今度は囲炉裏の傍で暖を取っていた。

 俺が近付くと、また逃げる。


「……警戒されてんなぁ」


 これでは埒が明かない。

 俺は場所を変え、今度は食堂跡へ新しく囲炉裏を作った。


「よし」


 改めて調理開始。


 魚へ鉄串を刺し、火の近くへ立てかける。

 しばらくすると、じゅう、と脂の弾ける音が響き始めた。


 香ばしい匂いが周囲へ広がる。


「……やば、腹減ってきた」


 レッドトラウトも美味そうだが、ソルトフィッシュも捨て難い。

 鮎の塩焼きっぽい見た目をしている。


 悩んだ末、まずはレッドトラウトへ手を伸ばした。

 その時だった。



 ~~~くぅ~~~



「……ん?」


 可愛らしい腹の音が聞こえる。


 振り返ると、さっきの獣人の子供が物陰からこちらを覗いていた。

 焼き魚へ釘付けになっている。


 目が合った瞬間、慌てて逃げていった。


「…………」


 俺は少し考え、魚を置いたまま教会へ移動した。


 すると案の定、獣人の子供が囲炉裏へ近づいてくる。

 焼き魚へ鼻先を寄せ、何度も匂いを嗅いだあと__。


「にゃあん!」


 勢いよく齧りついた。

 夢中で食べている。

 余程腹が減っていたのだろう。


 その様子を見て、少しだけ安心する。


 俺は教会側の囲炉裏へ戻り、自分用の魚を焼き始めた。

 再び香ばしい匂いが漂う。


「……ほんと美味そうだな」


 焼き上がったレッドトラウトを口へ運ぶ。


「……うま」


 完全に焼き鮭だった。

 米が欲しくなる味だ。


「この世界、米あるのかな……」


 そんな事を考えていると、再び気配を感じた。


 視線を向ければ、獣人の子供がこちらを見ている。

 今度はソルトフィッシュへ熱い視線を送っていた。


「まだ食うのか」


 苦笑しつつ、俺は再びその場を離れる。

 すると獣人の子供は恐る恐る近づき、ソルトフィッシュを抱えるように持ち上げた。


「結構食うな……」


 だが今度は、その場で食べなかった。

 魚を抱えたまま、教会の奥へ引っ込んでいく。


「……住処だったのか?」


 少し気になったが、無理に踏み込むのも違う気がした。

 俺は干渉せず、静かに囲炉裏の火を見つめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ