三話「焼き魚と獣人少女」
湖は廃村のすぐ隣にあった。
近づいてみると、想像していた以上に大きい。
岸辺まで歩み寄り、水面を覗き込む。
「……綺麗だな」
水は驚くほど透き通っていた。
湖底まで見えるほど透明度が高く、陽光を受けて水面がきらきらと揺れている。
その中を、何匹もの魚影が泳いでいた。
「結構でかいのもいるな」
視界に表示された情報を確認する。
『キングレッドトラウト』
トラウトというから鮭の仲間なのだろうか。
とはいえ、鮭なんてスーパーの切り身でしか見た事がない。
正直、見分けはつかなかった。
「まあ、食えるなら何でもいいか」
レベル表記はない。
もしかすると魔物かと思ったが、どうやら普通の魚らしい。
「問題は捕まえ方だな……」
釣り竿はない。
店跡も探したが、それらしい道具は見つからなかった。
そもそも、釣り自体ほとんど経験がない。
中学の頃に一度やったきりだ。
「……素手でいけるか?」
今の身体能力なら、案外どうにかなるかもしれない。
そう考えた俺は、安全靴と靴下を脱ぎ、作業着の裾をまくり上げる。
そのまま湖へ足を踏み入れた。
「っ、冷てぇ!?」
思わず声が漏れる。
体感では十度前後だろうか。
外気は暖かかっただけに、不意打ちだった。
当然、入水した瞬間に魚たちは一斉に逃げていく。
「だよなぁ……」
だが、逃がしたままでは終われない。
今の俺には、他に食料がないのだ。
俺はその場でじっと動きを止めた。
「…………」
冷たい。
かなり冷たい。
だが耐える。
魚が戻ってくるまで、ひたすら待つ。
自分は置物なんだ、と心の中で言い聞かせた。
そういえば、昔動画で見た事がある。
水辺でじっと待ち伏せして魚を捕らえる恐竜のCG映像だ。
「……あいつらもこんな気分だったのか?」
そんな馬鹿な事を考えていた、その時。
「___っ」
一匹のレッドトラウトが、ゆっくりと近づいてきた。
手を伸ばせば届く距離。
まだ動くな。
もう少し。
もう少し引き付けて___。
「今っ!」
水面を勢いよく弾く。
魚体が跳ね上がった。
そのまま空中へ放り出されたレッドトラウトを、『次元収納』へ叩き込む。
「……よし!」
思わず拳を握る。
「やればできるもんだな」
一匹成功すれば、あとは感覚だ。
俺は同じ要領で二匹、三匹と捕獲していく。
しばらくすると、周囲から魚影が減ってきた。
そこで顔を上げ、別のポイントを探す。
すると視界に魚の名前が浮かび上がった。
『レッドトラウト』
『ソルトフィッシュ』
「ソルトフィッシュ……塩魚?」
ネーミングが雑だなと思いつつも、どうやら食用らしい。
しかも居場所まで表示されている。
「鑑定、便利すぎるだろ……」
もはや魚群探知機だ。
俺は場所を変えながら魚を捕り続けた。
気付けば、太陽がかなり傾いている。
「……熱中しすぎたな」
十分な量を確保できたところで湖から上がる。
キングサイズこそ無理だったが、成果としては上々だ。
「さて、拭く物……」
そこで気付く。
タオルがない。
「しまったな」
店跡で適当に布でも持ってくればよかった。
仕方なく、作業着の裾で足を拭き、安全靴を履き直す。
「暗くなる前に戻るか」
夜は危険だ。
ゲームでも強い敵は大体夜に出る。
異世界なら尚更だろう。
本当は周囲をもっと探索したかったが、今日はやめておいた方がいい。
俺は廃村へ戻った。
途中で店跡へ立ち寄り、散乱していた布類をいくつか回収する。
その後、比較的形を保っている大きな建物へ入った。
「……教会か?」
内部は広い。
奥には、翼を持つ女性像が立っていた。
長い年月放置されていたのだろう。
像は埃を被っていたが、それでもどこか神聖な空気を纏っている。
「こういうのは綺麗にしとくべきだよな」
俺は拾ってきた布で女神像を軽く拭いた。
理屈じゃない。
なんとなくだ。
その後、一度外へ出る。
入り口付近へ石と木片を集め、簡易的な囲炉裏を組んだ。
中央へ木屑や布切れを置く。
「ライター……あった」
ポケットからジッポライターを取り出す。
煙草と一緒に持ち歩いていた愛用品だ。
布へ火をつけ、囲炉裏へ放り込む。
やがて、ぱちぱちと火が燃え始めた。
暖かな火を見下ろしながら、『次元収納』から魚を取り出す。
「……串がねぇな」
焼き魚にしたいが、このままでは焼けない。
俺は再び村を回り、代用品を探した。
幸い、少し大きめの建物___おそらく食堂か何かだった場所で、鉄串を発見する。
「助かった」
他にも調理器具が散乱していた。
どうやら本当に飲食店だったらしい。
それよりも、夜気がかなり冷えてきた。
俺は急いで教会へ戻る。
その途中だった。
「……ん?」
囲炉裏の傍に、小さな塊が見えた。
こちらに気付いた瞬間、びくりと震え、逃げ出す。
「あ___」
一瞬だけ姿が見えた。
獣人の子供。
猫のような耳と尻尾が見えた気がする。
「こんな所に一人か?」
気になって辺りを探す。
だが、見つからない。
仕方なく教会へ戻ると、今度は囲炉裏の傍で暖を取っていた。
俺が近付くと、また逃げる。
「……警戒されてんなぁ」
これでは埒が明かない。
俺は場所を変え、今度は食堂跡へ新しく囲炉裏を作った。
「よし」
改めて調理開始。
魚へ鉄串を刺し、火の近くへ立てかける。
しばらくすると、じゅう、と脂の弾ける音が響き始めた。
香ばしい匂いが周囲へ広がる。
「……やば、腹減ってきた」
レッドトラウトも美味そうだが、ソルトフィッシュも捨て難い。
鮎の塩焼きっぽい見た目をしている。
悩んだ末、まずはレッドトラウトへ手を伸ばした。
その時だった。
~~~くぅ~~~
「……ん?」
可愛らしい腹の音が聞こえる。
振り返ると、さっきの獣人の子供が物陰からこちらを覗いていた。
焼き魚へ釘付けになっている。
目が合った瞬間、慌てて逃げていった。
「…………」
俺は少し考え、魚を置いたまま教会へ移動した。
すると案の定、獣人の子供が囲炉裏へ近づいてくる。
焼き魚へ鼻先を寄せ、何度も匂いを嗅いだあと__。
「にゃあん!」
勢いよく齧りついた。
夢中で食べている。
余程腹が減っていたのだろう。
その様子を見て、少しだけ安心する。
俺は教会側の囲炉裏へ戻り、自分用の魚を焼き始めた。
再び香ばしい匂いが漂う。
「……ほんと美味そうだな」
焼き上がったレッドトラウトを口へ運ぶ。
「……うま」
完全に焼き鮭だった。
米が欲しくなる味だ。
「この世界、米あるのかな……」
そんな事を考えていると、再び気配を感じた。
視線を向ければ、獣人の子供がこちらを見ている。
今度はソルトフィッシュへ熱い視線を送っていた。
「まだ食うのか」
苦笑しつつ、俺は再びその場を離れる。
すると獣人の子供は恐る恐る近づき、ソルトフィッシュを抱えるように持ち上げた。
「結構食うな……」
だが今度は、その場で食べなかった。
魚を抱えたまま、教会の奥へ引っ込んでいく。
「……住処だったのか?」
少し気になったが、無理に踏み込むのも違う気がした。
俺は干渉せず、静かに囲炉裏の火を見つめた。




