二話「水辺の廃村」
丘へ続く獣道を進みながら、俺は足元に生えている『薬花草』を摘み取っていく。
大樹の周辺ほどではないが、この辺りにもちらほら自生しているらしい。
その最中、少し離れた草陰に動く影を見つけた。
「……いたな」
角の生えた兎――『角兎』。
サイズは地球の兎より一回り大きい。
ただ、問題は見た目ではない。
視界に表示されたレベルが異常だった。
「レベル三十って、おい……序盤に出てくる敵じゃないだろ」
思わず乾いた声が漏れる。
ゲームなら間違いなく初心者狩りだ。
「ほんと何考えてんだ、あの神様……」
冷や汗を滲ませながら、できるだけ音を立てないよう慎重に進む。
だが、その時。
パキッ、と。
「――あ」
踏んだ小枝が、間抜けな音を立てた。
直後、角兎の耳がぴくりと動く。
赤い瞳がこちらを捉えた。
「マジかよ……!」
次の瞬間には、角兎が地面を蹴って突進してきていた。
速い。
だが、不思議と目では追えた。
俺は咄嗟に腕時計を外し、拳へ巻き付ける。
昔、喧嘩でよくやった癖だった。
角兎は五メートルほど手前で跳躍する。
鋭い角が一直線に迫ってきた。
「――っ!」
半歩だけ体を逸らす。
すれ違いざま、左手で角を掴み、その勢いのまま拳を横顔へ叩き込んだ。
鈍い衝撃。
吹き飛ばされた角兎が地面を転がる。
「ギィッ……!」
唸り声を上げながら立ち上がる角兎。
だが視界には、相手の体力が減少している表示が浮かんでいた。
「……なら、押し切れるか」
迷っている暇はない。
俺は地面を蹴った。
兎の姿をしていても、相手は魔物だ。
こちらが躊躇えば死ぬ。
距離を詰め、そのまま蹴りを叩き込む。
ボールでも蹴るような感覚だった。
角兎の体が吹き飛び、地面へ叩きつけられる。
瀕死になったのか、角兎はふらつきながら後退し、そのまま草むらへ逃げ込んでいった。
「……はぁ」
大きく息を吐く。
「何とか追い払えたか」
拳に巻き付けていた腕時計を外し、軽く埃を払う。
癖で使ってしまったが、よく考えればこれは貴重品だ。
異世界なら珍品扱いされるかもしれない。
「もうちょい大事に扱うか」
腕時計を『次元収納』へしまい、俺は改めて周囲を見回した。
それにしても___。
「ちゃんと反応できたんだよな」
もっと一方的にやられると思っていた。
だが、体は自然に動いた。
速度にもついていけていた。
おそらく『超越体』の影響だろう。
あの時は厄介なスキルを押し付けられたと思ったが、こうしてみるとありがたい。
「少なくとも、即死ゲーではなさそうだな」
視線を上げる。
広がる景色は地球とそこまで変わらない。
草原があり、丘があり、風が吹く。
けれど空には、大小二つの月が浮かんでいた。
そして遥か彼方には、雲を突き抜けるほど巨大な大樹も見える。
「……ほんとに異世界なんだな」
少し遅れて、実感が湧いてきた。
やがて丘の頂上へ辿り着く。
一番高い場所まで登り、周囲を見渡した時だった。
「ん?」
水辺の近くに、人工物らしき影が見えた。
「……村か?」
よく目を凝らすと、建物が集まっている。
距離があったせいで気付かなかったらしい。
「行ってみるか」
人がいるなら情報を得られるかもしれない。
言葉が通じる保証はないが、動かないよりはマシだ。
俺は丘を下り、水辺の村へ向かって歩き出した。
当然、その道中でも角兎とは何度も遭遇した。
だが、一度戦ってしまえば対処は難しくない。
殴り、蹴り、時には石を投げながら撃退していく。
そして数体目を追い払った頃、不意に体の感覚が変わった。
「……ん?」
筋肉がわずかに締まり、体が軽くなる。
同時に、視界の端へ表示が浮かんだ。
『レベルアップ』
「なるほど」
どうやら倒し切らなくても経験値は入るらしい。
この辺は完全にゲーム仕様だ。
「そのうち宝箱とかも落ちてたりしてな」
そんな事を考えながら歩き続け、やがて水辺の村へ辿り着く。
「……誰もいない?」
村は静まり返っていた。
建物は崩れかけ、生活感もない。
どうやら廃村らしい。
一応、中を調べてみる事にする。
最初に入った民家で見つけたのは、一枚の古びた紙だった。
「地図か?」
破れかけてはいるが、確かに地図のようだ。
手に取った瞬間、視界へ半透明のマップが表示された。
「おお……」
現在地まで表示されている。
かなり便利だ。
空白部分は、地図が破れている箇所なのだろう。
「自分で埋められるのか?」
少し試してみたくなった。
その後も村を探索していく。
店らしき建物では、錆びた剣を見つけた。
「素手よりはマシだな」
近くには砥石も転がっていたため、手入れすれば十分使えそうだ。
さらに『劣化した回復薬』や『薬玉』も発見する。
ありがたく『次元収納』へ回収した。
衣服もあったが、さすがに傷みが酷い。
使うのは難しそうだった。
「ん?」
棚の奥に、一冊の本を見つける。
開いてみると、草木や道具の絵が描かれていた。
文字は読めない。
だが、その瞬間。
「ああ、そういう事か」
視界に情報が表示される。
『調合の本』
どうやら素材を組み合わせ、アイテムを作るための本らしい。
さっき採取した『薬花草』も素材として登録されていた。
「『薬花草』と『魔力水』で回復薬、か」
便利だ。
ただ、一つ問題がある。
「その魔力水ってどうやって作るんだ?」
疑問を抱いた途端、追加情報が表示された。
『魔力を帯びた水。魔力を注ぐ事で生成可能』
「なるほど」
普通の水でも作れるらしい。
問題は魔法の使い方が分からない事だが、まあ、そのうち覚えるだろう。
さらに探索を続けていると、木箱の中からピッケルを発見した。
「お、これは助かる」
鉱石採取には必須だろう。
何本か回収し、『次元収納』へ放り込む。
他に目ぼしい物が無くなったところで、俺は店を後にした。
「さて……どうするか」
本来なら、人のいる町を探すべきなのだろう。
だが、言葉が通じる保証はない。
金もない。
下手に腕時計を売ろうとして、安く買い叩かれるのも避けたい。
「だったら、しばらくここを拠点にするのもありか」
雨風を凌げる建物はある。
素材集めやレベル上げをするには悪くない環境だ。
「……まずは食料か」
視線を水辺へ向ける。
「魚でも獲れるか見てみるか」
そう呟き、俺は湖畔へ向かって歩き出した。




