五十六話「アンナの拳骨」
ブラムの店を後にした俺たちは、ラダンの後をついて歩く。
石造りの建物が立ち並び、里の中央にある大きな工房からは、絶えず鉄を打つ音が響いてくる。
道行く人々の中には人族の姿もあった。
禁域側では見られなかった光景だが、ドワーフ達は特に気にする様子もない。
酒場へ視線を向けると肩を並べて酒を飲み交わしている者達までいて、禁域側とはまた違った賑わいがあった。
「やっぱ武器なんかを扱う店が多いな……」
周りを見渡せば、武器屋の前で冒険者風の女性が細剣を吟味し、店主と話をしている。
どうやら値段の交渉をしているようだ。店主が首を振り、肩を落としていた。
そんな武器屋、防具屋が目につくだけでもそこかしこに見える。
大剣に大戦斧、双剣に斧槍。様々な種類の武器が各店に並べられていた。
次に素材屋と言えば良いのだろうか。鉱石や魔獣の皮などが積まれた店も多く見える。
各店には炉の設備が設けられており、中で主人らしきドワーフが作業を行なっていた。
さすがはドワーフの大集落。装備関連の充実ぶりが半端じゃない。
俺も後で見て回りたい。
そんな風に、ドワーフの街並みを眺めながら歩いていると、不意に隣のソフィアが小さく呟いた。
「……ん? あ、あれ?」
「どうした?」
「い、いや……」
ソフィアはラダンの背中と周囲の街並みを何度も見比べている。
そして今気づいたんだが、ソフィアが俺の作業着の裾を掴んでいる。
もしかして、ブラムの店を出た時からずっと掴んでいたのだろうか?
「お、おとん?」
「なんだ」
「こっち……ヘルダ様のお屋敷とは逆方向なんじゃが……」
「先に寄るところがあるからな」
ソフィアの言葉にラダンは悪びれる様子もなく答えた。
何となく俺にも予想が付く。
「…………」
肩がぴくりと震え、そっと俺の背後へ隠れるソフィア。
「お、おとん……?」
「飛竜の逆鱗を預けねぇといけねぇからな」
その一言で、ソフィアの表情が引き攣る。
ソフィアが立ち止まったので、つんのめりそうになってしまった。
「ま、まさか……」
「アンナんとこだ」
「…………」
ソフィアはぷるぷると震えながら、青ざめた顔で俺を見つめる。
「カ、カイト……」
「……どうした?」
「わ、わし、今から禁域へ帰りたいんじゃが……」
「さ、流石に無理じゃねぇかな」
そう伝えると、半泣きになりながら俺の服の裾をギュッと掴んで、ブンブン引っ張るソフィア。
引っ張るのはやめてくれ。
「嫌じゃぁ……わし、まだ心の準備が……」
「諦めるしかないと思うぞ」
「カイトぉ……!」
助けを求めるような視線を向けられても、流石に俺ではどうする事も出来ない。
地面にぺたりと座ってしまったソフィアだが、諦めて潔く怒られてほしい。
「坊主。悪いがそのまま担いできてくれ」
「……分かった」
「えっ、ちょっ!」
地面で籠城を仕掛けるつもりだったソフィアをひょいっと掴み、肩に抱える。
姫様抱っこの方がいいかとも思ったが、流石にそれは俺も照れくさい。
「ま、待つんじゃカイト! お主どっちの味方じゃ!」
「悪りぃな」
「う、裏切りもん! 離せ、離さんかぁ!」
そう言ってジタバタと暴れるソフィア。
『持ち方も雑じゃし酷いではないか!』と聞こえるが、ラダンは先へと進んでいる。置いていかれるわけにはいかないのだ。
まあ、当のラダンは、数メートル先で俺たちの様子を見て苦笑を浮かべているのだが。
それから数分ほど歩くと、一軒の大きなよろず屋が見えてくる。
盾と斧をあしらった看板が特徴的だ。
店先には、肩まで伸びた赤髪を後ろで束ねている鍛治師姿の女性ドワーフ。
「あそこがアンナの店だ」
俺はラダンの言葉に頷き、ソフィアをそっと地面に下ろす。
だが、やはり怖いのか俺の背後へ身を隠すソフィア。
そんな俺たちにラダンは苦笑を浮かべ、『逆鱗』を担いでアンナの側へと向かった。
近づいてきたラダンにアンナが気付く。
「おや、おかえりラダン兄。ブラム婆の話って何だったんだい?」
「それはほれ、あそこに居るぞ」
「ん? ___!!」
ラダンから言われ、アンナがこちらを向く。
すると、最初はゆっくりと、だが、慌てるようにこちらへ、ソフィアの元へ駆けてきた。
「ひっ!」
「___ソフィア!」
ソフィアは怒鳴られると思い身体を硬直させるが、アンナは彼女を抱きしめる。
怒られると思っていたソフィア。
だが、待っていたのは抱擁だった。
「お、おかん……?」
「このバカ娘……! 親をあまり心配させるんじゃないよ……」
「……ごめんなさい」
しばらくの間、アンナは何も言わずにソフィアを抱きしめていた。
ソフィアもなすがままにされている。
心配かけていたことを自覚したからだろう。
そうして、抱擁が続いたのち、アンナがソフィアを離して聞いてきた。
「で? どうして帰ってこなかったんだい」
「そ、それはじゃな……」
アンナの問いに目が泳ぐソフィア。
さっきまで安堵していた顔は何処へやら、見る見るうちに、冷や汗が浮かんでいく。
「じ、実はの……素材を取りに、ちょいーと、禁域に……」
そう伝えると、アンナの瞳がぎゅぴーんと発光し、拳を鳴らし始めた。
『あ、ちょ、おかん? ま、まって』と言うが、ソフィアの脳天に拳骨が炸裂する。
「い、痛いのじゃあああああああ!」
そう言って転げ回るソフィア。
「この馬鹿娘! 禁域側は危険だから絶対に一人で行くなと伝えていただろう! 何で入ったんだい!」
「う、うう……わしにも止むに止まれぬ事情があるんじゃよぉ」
「はあ、全く。ラティアから聞いとるよ『堅木樹』を頼まれたんだろ? 私が聞いてるのは何で一人で入ったのかってことだ」
「そ、それは……」
ソフィアは黙る。
この件に関しては複雑な思いがあるからだ。
ソフィアは仲間たちや親に早く認めてもらいたかった。もう一人前だと。
ドワーフたちの言葉にこう言うものがある。
『禁域側の魔物を狩り、持ち帰ったものは一人前である』
と言う文言が。
だからソフィアは認めてもらいたくて一人で禁域側に来た。
素材だって一人で手に入れてくることができると証明したかったからだ。
「……」
ソフィアは俯いたまま、何も答えない。
「本当にしょうがない娘だよ」
アンナの隣ではラダンも苦笑を浮かべながら小さく頷いている。
どうやら二人は察しているようだ。
そういえば、アンナはラダンを兄と言っていたが、夫婦じゃなかったんだな。
ソフィアが二人を『おとん』『おかん』と呼んでいるので勘違いしたが、義両親といったところだろうか?
っと、話が脱線しそうになった。
「おめえはもう一人前だ。だからそんな顔すんな」
「そうだね。でも熟練の職人だって一人で入ろうとはしないんだよ。だからこれからは必ず言いな」
「おとん……おかん……分かったのじゃ。心配かけて悪かったのじゃ……」
二人の言葉を聞き、ソフィアは小さく目元を拭う。
そしてホッと安堵の息を吐いていた。説教の時間が終わって肩の荷が下りたのかも知れない。
「しかし、禁域側に居たんならどうやって帰ってきたんだい? 洞窟は崩落したって聞いたよ?」




