五十五話「ラダン」
それから十数分後、慌ただしく店の戸が開かれる。
現れたのは、二メートル近くある巨躯のドワーフだった。
短い白髪に褐色肌。筋骨隆々の壮年の男性ドワーフは呼びに来たブラムに声をかける。
「ブラム。飛竜を倒したってのはこの坊主か?」
「ええ、そうだよラダン。ソフィアの隣に座っとる人族の子だよ!」
「ほぉ、坊主が…………ってソフィア、おめえ帰ってたのか」
ラダンと呼ばれた壮年のドワーフはブラムに言われ、俺に視線を向けるが、そこで隣に座っていたソフィアに気付き、驚きと安堵の混じった声で彼女に話しかけた。
「どこほっつき歩いてたんだ」
「な、なはは。ただいまじゃ、おとん」
「ったく、ライラとアネットが心配してっから、後で工房に顔を出せよ」
「……りょ、了解じゃ」
そう答えるソフィア。
心なしか目が泳いでいるように見えるのは気のせいだろうか?
ただ、会話から身内だと言うことが十分伺える。
ラダンは、そんなソフィアの反応に呆れた表情を浮かべながら答えた。
「……本当に行くんだろうな?」
「も、もちろんじゃよ」
「アンナもいっからな」
「うぐっ」
ラダンの口から出た「アンナ」という名前に、ソフィアは言葉を詰まらせる。
そう言えば、初めて出会った時も洞窟崩落の現場を見て「親方に殺される」と嘆いていたな。
……なるほど。その親方がアンナさんか。
「おめえよ、二ヶ月だぞ? 二ヶ月間も音信不通だった馬鹿娘が帰ってきたって聞いたら、アンナがどうなるかくらい分かるだろうが」
「うぐぐっ」
「逃げんなよ?」
「も、もももも、もちろんじゃよ」
「多分ぶっ飛ばされるぞ……?」
「わ、わし、ちょっとお腹痛くなってきてしもうた」
「馬鹿言ってねえで、覚悟しとけ」
「わ、ワシにも色々あったんじゃよぉ」
「ったく、しょうがねぇ娘だ……」
そう言って涙目になるソフィアにラダンは頭を掻きながら苦笑を浮かべる。
親子仲は良好のようで微笑ましい。
ただ、ソフィアは青ざめて震えている。よほどそのアンナさんが怖いみたいだ。
俺も洞窟崩落の件で言えば原因の一つだし、アンナさんに会ったらソフィアのフォローはしようと思った。
「悪りぃな坊主。久しぶりに帰ってきたもんだからよ、ついな」
「気にしてない。心配するのは当然だ」
二ヶ月間行方不明だったんだ。
親であれば、当然の事だろう。
「遅れたが、俺はラダンだ。よろしくな」
「カイトと言う。こちらこそよろしく頼む」
そう言って差し出された手を握る。
まるで岩でも掴んでいるかのようだった。
長年、鍛冶場と戦場の両方で生きてきた……そんな手だ。
「ほう、若えのに良い手をしてやがるな」
「爺さんもな」
「ふん。生意気なやつめ。まあいい、坊主。飛竜を倒した証拠は出せるか?」
「ああ、少し待ってくれ」
俺は爺さん……ラダンの要望に応え『次元収納』から『飛竜の爪』と『飛竜の逆鱗』を取り出す。
この飛竜の素材はルドから『持っておけ』と渡された物だ。
「こいつぁ、すげぇ……翼竜じゃなく、確かに飛竜……"竜種"の素材だ」
飛竜の素材を見てラダンの目が見開く。
俺の目から見ても、経験豊富だと分かるラダン。そんな熟練の職人の目から見ても飛竜は別格なのか。
「なるほど、ブラムが慌てる訳だ」
そう言ってラダンが真っ直ぐ、こちらを見据える。
「飛竜を討った上に、どこの国にも属してねぇんだったな」
「……一応、そう言う事になるな」
「しかも、しれっと『魔法収納』もちと来てやがる」
「あー、ええと、はは……」
「なんだ、その煮え切らねえ顔は」
「いや、何でもない」
そう言えば『収納スキル』自体珍しいんだったな。
本当は『次元収納』なんだが、ここは黙ってた方が良さそうだ。
ソフィアに視線を向けると、何とも言えない表情でこちらを見ていた。
やはり黙っておこう。
そんな俺達を不思議な顔で見ていたラダンだが、テーブルの上に置いた『飛竜の逆鱗』を見つめ、改まって聞いてきた。
「なぁ、坊主。無茶な願いだと思うが……この『飛竜の逆鱗』、俺に預けちゃくれねぇか?」
「ん? ああ、良いぞ。俺が持ってても腐らせちまうだけだからな。使い道があるなら使ってくれ」
ルド達にも気軽に使って貰ってるしな。
「お、おい。頼んだ手前だが、本当に良いのか? 飛竜の素材なんて、滅多に出回る物じゃねぇのに……」
「ああ、構わない」
そう言って俺は『飛竜の逆鱗』をラダンへと譲った。
俺の言葉を聞き、ラダンがテーブルの上の『飛竜の逆鱗』を掴む。
掴んだ手が震えていた。
ルド達は気軽に素材にしていたから、結構出回っている物なのかと思っていたが、違うみたいだ。
まあ、ラダンにもルド達みたいに気軽に使ってほしい。
と、そこでちょうど良いと思い、開拓の件を相談してみる事にした。
「代わりといっちゃなんだが、少し良いか?」
「ん? ……何だ?」
「ソフィアから提案されてな。協力してくれるドワーフを探してる」
「協力者?」
「ああ。今、禁域側で村の開拓を進めてるんだが、屋敷を建てる計画もあるから人手が足りないんだ」
そう説明すると、ラダンはちらりとソフィアへ視線を向ける。
「腕の立つ鍛冶師や大工がおれば、村作りも一気に進むと思っての。ライラとアネットにも一度声をかけたいんじゃよ」
「ふむ、なるほどな……ってかよ、ソフィア。おめぇ、そこに住んでんな?」
「ま、まぁ、そうじゃな」
「ったく。こっちは心配してたってのに、男作ってたのか」
「な! べ、別にカイトはそう言うのではないわ!」
「はん、どうだかな」
そんな二人の様子に苦笑が浮かぶ。
この話題には口を挟まない方が良さそうだ。
下手に飛び火したら、何て返せばいいか分からないからな。
その後、ラダンは俺へと向き直り、開拓の件について答える。
「悪ぃな坊主……話が話だ。俺一人じゃ決められねぇ」
「……ああ、分かってる」
里から人を募る話だ。
俺も、一人で決められる事じゃないくらいは分かっている。
「だが坊主、お前さんの話なら長老も無下にはしねぇだろう」
「長老?」
「ああ。この大集落をまとめてるヘルダ様だ」
ラダンはそう言うと、飛竜の逆鱗を肩に担いだ。
「ちょうど俺も、ヘルダ様に報告へ行くところだ。坊主も一緒に来な」
「分かった」
俺は頷き、ラダンの後を追って店を出た。




