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五十話「拐われたフィア」


 翌朝、俺とソフィアはファラ達に会う為、大峡谷にある『翼人族(ハーピィ)の里』へと、向かっていた。

 村の防衛の為、今回ガルドには残ってもらい、俺とソフィアは獅子へと変化したスノーに峡谷手前の平原へと連れて来てもらっている。

 ペース配分を考えて進めば、休眠モードには入らないようなので、お願いしたのだ。


「ありがとな、スノー」

「にゃあ〜」


 スノーの顎下を撫でると嬉しそうに鳴き、俺とソフィアを降ろしたスノーは、定位置である俺の肩へと移る。


 峡谷入り口を抜け、上層から中腹へ降りる岩棚を通ると、ソフィアが岩壁から生える鉱脈を目にしてへばり付き始めた。


「か、カイトや、こりゃかなりの上物だぞぃ! この輝きに魔素(マナ)の純度っ、た、たまらんわい!」

「はいはい、今日はファラ達に会うために来てるんだからな、採掘はまた今度」


 ハァハァ言いながら鉱石に抱きつくソフィアの首根っこを掴み、引き摺っていく。

 『あ、ああ〜、わしの鉱石ちゃんが〜』とか言っているが気にしない。


 岩棚を越え、峡谷の空を眺めながら進んでいると、自然とフィアの無邪気な姿が浮かんでくる。


「フィアのやつ、元気にしてるかな」

「元気に飛び回っとるんじゃないかの?」

「はは、そうだな」


 ソフィアの言葉に相槌を打ち、苦笑を浮かべる。

 フィアのことだ、騒がしくしているに違いない。


 そんな事を考えながら、翼人族の里へ向かっていると、前方から一人の翼人族が慌てた様子で飛んできた。

 峡谷の壁にぶつかりながらこちらへと飛んできている人物はよく知っている翼人族(ハーピィ)だった。


「リファ?」

「どうしたんじゃろうの?」


 そう、フィアの母親のリファだったのだ。

 壁や床にぶつかりながら飛ぶ様子に、かなり慌てている事がわかる。

 一体、どうしたのだろうか。


「カイトさんっ!」


 そう思っているのも束の間、俺たちの前へ降り立ったリファは、肩を振るわせながら叫んだ。


「リファ? 一体どうし___」

「貴方のせいですよっ!」


 その言葉に俺は目を見開く。

 リファの瞳には涙が浮かんでいた。


「り、リファ……?」

「貴方がっ、貴方が私たちの里へ来たからっ!」


 涙を流しながら叫ぶリファに、俺はただ戸惑うしか無かった。


 どうしたんだ?

 一体何があった……?


 なんでそんなに泣きそうにしているんだ……。

 そんな思いが俺の中を駆け巡る。

 とりあえず落ち着かせよう、そう思って言葉にしようとするが、


「貴方が、人族なのに私たちを助けたりなんかするから! うぅ、信じなければ、フィアは……」


 そう伝えてくるリファの言葉に、心臓がドクンと脈打つ。

 フィア……?

 一体何があったんだ?


「お、落ち着け、一体何が___」

「娘を……フィアを、返してください……!」

「___!」


 疑問を投げかけた俺に返って来たのは……絞り出すような声だった。

 俺は言葉を失う。

 余りのことに理解が追いつかない。

 フィアを返す……? どういうことだ? まさか、フィアに何かあったのか!?


「お、おい、リファ……!」

「返して……っ、返してください……っ!」

「___っ」


 何があったのか聞こうと思っても、帰ってくるのはその言葉のみ。

 俺は、肩を震わせながら涙を流すリファの様子に、どんどん焦燥感が増していった。

 本当に、何があったんだ。詳しい話が聞きたい。

 そんな風に思っていた俺たちへ、静かな声が響いた。


「リファ」


 振り返ると、翼人族の長であるファラが数人の翼人族を連れてこちらへ飛んで来ていた。


(かか)様……」


 リファが力なくその場に膝をつく。

 ファラはそんな娘の肩へそっと手を置くと、真っ直ぐ俺を見た。


「申し訳ありません、カイト殿」


 その声音には疲労の色が滲んでいた。


「ですが、どうか責めないであげて下さい。リファも混乱しているのです」

「ファラ……何があった?」


 嫌な予感が胸の奥で膨らんでいく。

 ファラは一度目を伏せ、そして静かに告げた。


「フィア達が連れ去られました」


 心臓が嫌な音を立てた。

 連れ去られた……?


「……誰に?」


 自分でも驚くほど低い声が出た。

 その瞬間、周囲の空気が張り詰める。

 誰も言葉を発しない。

 リファは肩を震わせ、ファラの後ろに居た翼人族達も思わず息を呑んでいた。

 だが、そんな事に気を配る余裕は俺には無かった。


「す、数日前、峡谷の外れで倒れていた商人と冒険者達です」


 その言葉を聞いた瞬間、目の奥で火花が散った。

 脳裏に、ある連中の顔が浮かんだ___洞窟内で出会った、あの商人達だ。


「……あいつらか」


 この禁域区域に居る商人と冒険者って言ったら、アイツらしか思い浮かばない。

 俺の村にも一度姿を見せたと言っていた。


「も、もしかして……ご存知なのですか?」

「ああ」


 短く答える。

 するとファラが僅かに息を呑んだ。


「か、カイト殿……?」

「こ、これ、カイト! そんな顔をするでないっ!」


 横からソフィアが肩を叩く。


「……え?」

「お主、自分が今、どんな顔をしとるか分かっとらんのか!」


 そう言われて初めて気付く。

 周囲の翼人族達が少し距離を取っていた。

 ファラもまた、僅かに表情を強張らせている。


「す、すまん」

「い、いえ……」


 慌てて謝ると、ファラは小さく首を横に振った。


「ファラ、安心せぃ。カイトはフィアが攫われたと聞いて怒っとるだけじゃ。決して主たちに危害を加えようとは思っとらん」

「わ、分かっております。驚いただけでございますから」

「本当に悪かった。すまんが、話の続きを頼めるか?」

「はい」


 そこから俺は、ファラから詳しい話を聞いた。

 その人族の商人達は峡谷内部で倒れており、空腹から衰弱していたと。

 助けた当初は、感謝を述べ、村の手伝いなんかもしてくれていた為、警戒が薄れていたと。

 俺のこともあり、やはり人族にも信頼できる人間は居るんだと、人に対しての見方を改めていたところだったと伝えられた。

 そんな風に思っていた矢先に手のひらを返されたと……。

 商人達は子供達を人質に取り、大人達へ食料と価値のある素材の要求をして来たという。

 もちろん、突っぱねた。

 だが、そうした所、子供達が苦しみ出したというのだ。


「苦しみ出した……?」

「はい……フィア達は"首輪みたいな物"を付けられていたんです」


 それを聞き、俺の視界が再度真っ赤に染まっていくのを感じた。

 要求を断ったら、首輪をつけられた子供達が苦しみ出す。

 そんな胸糞悪い首輪なんて一つしかない。


「子供達を苦しませるなんて私たちには出来ません……ですから要求に応えました……」

「……それは仕方ない」


 子供達を人質に取られている状態で逆らうなんてできるはずが無い。

 相当悔しかったはずだ。


「ですが、それでも終わりませんでした」


 ファラが苦しそうに目を伏せる。


「要求に満足した途端、今度はフィア達を連れ出したのです……『自分たちを乗せて山越しろ』と……」

「くそ……ッ、そういう事か」


 奴らは、自分の国へ帰りたがっていた。

 洞窟は崩落していて通れない。

 禁域区域から出るには山越えするしかない。

 ということはフィア達は、向こう側の区域ってことだ。

 すぐに行かないと手遅れになるかもしれない。


「ファラ、悪いが向こうの区域へ連れてってくれ」

「え、? で、ですが、助けに行って、もし気付かれたりしたら、フィア達が……っ!」

「そこは大丈夫だ。俺も人族だしやりようはある。言い方は悪ぃが奴隷を買いたいって言えば向こうだって無碍にはしねえだろ」

「お、おいカイトや」

「悪いな、だが今は言葉を選んでる時間すら惜しいんだ。だからファラ……連れて行ってくれ」


 そこまで言うと、ファラは一度目を閉じ、思案する。

 数秒間、沈黙が続く。

 だが、次に目を開いた時には、決意に満ちた瞳だった。


「分かりました。カイト殿を信じます」


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