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三十八話「ファラの気持ち」

ハーピィ族の族長、ファラの視点となります。


 風の祭壇へと向かう途中、翼人族(ハーピィ)の長であるファラはここ最近の出来事を思い返していた。


 三ヶ月前___飛竜がこの峡谷に姿を現した日、私たちの生活は一変しました。

 あの日の光景は忘れる事ができません。

 私と妹シェラの前に突如として現れた飛竜。

 今思い出しても震えてきます。

 私はこの里の長だというのにその場で立ち尽くす事しかできませんでした。

 その結果、里で一番強かったシェラが私を庇って命を落としてしまい、私はひどく動揺しました。

 私を掴んで、飛竜の目が届かない場所まで運んでくれたシェラ。

 シェラは最後まで笑っていました。

 『姉さんのせいじゃない』そう言い聞かせるように、です。


「………………」


 この『風霊石』を見ると思い出してしまいます。

 先代から『安らぎの歌』の継承を受けた(シェラ)は、ヴァファーナから『風霊石』を持ち帰る役目を担っていました。

 『風霊石』の交換の際は、いつもボロボロになりながらも笑っていたのを思い出します。


『癒しの巫女である姉さんがいて良かったよ!』


 そんな風にいつも笑っていました。


「どうした?」

「いえ……」


 そんな中この青年(カイト)が、飛竜を倒してこの里へと運び込まれました。

 最初は勘弁して欲しいと、そう思ったものです。

 (シェラ)を失って日も浅かったため、私の心はすり減っていました。

 正直放り出したかったのが本音です。

 でも、孫のフィアと知り合いの子供(リュノ)が甲斐甲斐しく看病する姿を見ているうちに、気になるようになりました。

 あの青年は、フィアに何をしたのだろう、と。


 あの青年が飛竜を倒した事も、里を救った恩人であることも理解はしているつもりです。

 ですが、私の心は直ぐには追いつけなかった。


 シェラを失った悲しみに沈む暇もなく、飛竜の後始末に追われ、里のものを落ち着かせ、そして今度は人族の青年を受け入れるかどうかの判断をしないといけない。


 長である以上、感情だけで動くわけには行きません。

 けれど、私は長である前に、最愛の妹を失った姉でもありました。


 だからこそ、眠り続けるカイト殿を見て思ってしまった。

 (シェラ)は居ないのに、どうして人族の貴方がここにいるの? どうしてもっと早く、飛竜を倒してくれなかったの、と。

 いけませんね。『風霊石』を見るとやはり色々と気持ちが込み上げてきてしまいます。


 ですが、あの子達は違いました。

 リュノは毎日、カイト殿の傍へ行き、離れる素振りすら見せません。

 薬草布を巻き替え、身体を拭き、目を覚ますと信じて疑わない。

 馬人族(セントール)も私たち翼人族(ハーピィ)と同じで人族を嫌悪している筈なのに。

 そして、孫のフィアも同じでした。

 眠ったままの青年へ向かって、一生懸命話しかけていたのです。


『カイトなら大丈夫だよ!』

『だってカイトだもんね!』


 そう言って笑うフィアを見て、私は何度も不思議に思ったものです。

 どうしてそこまで信じられるのでしょう。

 どうしてそこまで慕えるのでしょう。

 命を救われたからですか? 飛竜を倒したからですか?

 そんな風に思っていました。


 でも、やがて目を覚ましたカイト殿を見て、少し納得が行きました。

 彼はどんな相手でも、分け隔てなく接していましたから。

 だから、私は彼に興味を持ちました。

 フィアとリュノがここまで信頼を寄せる人族とは一体、どのような人なのだろうと。

 気付けば、私自身も彼を見ていました。

 人族だからと遠ざけるのではなく、一人の人として。


 そうして見続けた結果、私は彼に『風霊石』の依頼を託しました。

 今思えば、私も信じたかったのでしょう。

 そして彼は見事『風霊石』を持ち帰ってくれました。

 ヴァファーナを討つことなく___。


「ここです」


 目の前にはシェラと作った、風の祭壇。

 石造りの祭壇はところどころ欠けています。

 飛竜によって壊されていないかと不安でしたが、ここだけは無事でした。

 私はそっと祭壇へ歩み寄り、中央の窪みへ『風霊石』を嵌め込みました。

 小さな音が鳴り、祭壇を中心に淡い緑色の光が『風の間』全体を包み込んでいきます。

 眠っていた風が目を覚ましたかのように、柔らかな風が辺り一帯を吹き抜けていきました。


 ふわりと、風が髪をさらう。

 頬を撫でるその風は(シェラ)の匂いがする気がしました。

 ふいに___、


『姉さん、成功したよ!』


 そんな声が聞こえた気がして、思わず振り返ってしまいました。


「どうかしたか?」


 不思議そうに首を傾げるカイト殿。

 ガルドも心配そうにこちらを見ています。


「……いえ」


 私は小さく首を振り、峡谷の空を見上げました。

 視線の先には、一筋の緑光。

 私はそっと目を閉じ、小さく呟きました。


「お帰りなさい。シェラ」


 ずっと言えなかった言葉でした。

 そんな私の呟きに反応するように、優しい風が私の頬を撫で、吹き抜けて行ったのでした。


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