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三十六話「風霊石を求めて」


「あらあら、随分と綺麗になりましたね」


 そう言いながら、俺の元へと降りてくる長らしき女性。


「お久しぶりですファラ様」

「お元気そうですねガルド。ケンはご健勝かしら?」

「は、しぶとく生きております」

「ふふ、そう」


 ガルドの口振りからもこの集落のまとめ役であることが窺える。

 俺はガルドに習い、膝をついて首を垂れた。


「まあ、リファから聞いておりましたが、本当に変わった人族なのですね。”魔族”である私達に頭を下げるなんて」

「こちらはお邪魔をしている身なんでな。このくらいの礼儀は普通だ」

「カイト、と申しましたね。表を上げてください」


 ファラと呼ばれた翼人族の長に言われ、俺は頭を上げる。


「一つ質問します。カイト、あなたも私たちを”魔族”とそう呼びますか?」

「……?」


 俺は質問の意味がわからず首を傾げる。


「アンタたちは翼人族(ハーピィ)だろ?」

「そうではなく……私たちを恐るべき存在、忌むべき存在として見ますか? そう聞いているのです」

「ああ、そういう意味か」


 俺は納得して頷いた。


「正直そのあたりはよく分からん」

「……分からない?」

「話が通じて、仲良くしたいっていう相手なら種族なんてどうでもいいんじゃないか? アンタがさっき言ってた魔族だったとしても」


 俺の言葉にファラは大きく目を見開く。


「逆に俺と同じ人間でも、平気で人を傷つける奴はいるからな。だから、俺は人族だからとか、魔族だからとかで判断するつもりはない」

「そうですか……」


 俺が自分の考えを伝えると、納得したのか表情が穏やかになった気がした。

 そして俺を真っ直ぐに見て続きを話した。


「安心しました」

「?」

「人族は、私たちを見るだけで石を投げる者もおります。酷い者になると、問答無用で武器を向けて来ますので」

「……そんな奴もいるのか」

「ええ、ですから私は、貴方の人となりを確認したかったのです」

「お眼鏡には、叶っただろうか?」

「ええ、まだ警戒を解くのは難しいですが」

「それで良いさ、話をしてくれるだけで助かる」


 そう伝えると、口に手を添えて上品に笑うファラ。


「ふふ、では、そんな貴方にお願いが」

「願い?」

「えぇ、『風霊石(フウレイセキ)』という石を知っておりますか?」


 聞いたことはないな。

 だが、響きから察するに風に冠する石だろうか?


「すまん、初めて聞く名だ」

「清らかな風を発生させる神秘の秘石なのですが、大峡谷の深部にいる魔獣ヴァファーナからしか入手する事が出来ないのです」

「もしかして……」

「はい。お察しの通り、魔獣ヴァファーナと相対して、その額に精製される『風霊石』を取ってきていただきたいのです」


 クエスト依頼ってやつか、これは俺にとっても都合が良いかも知れない。

 依頼を達成させれば、多少は翼人族の信頼を得られるかも知れないからな。

 という事で引き受ける事にする。


「倒してくれば良いのか?」

「いえ、くれぐれも倒してしまわない様に気をつけて下さい」


 倒しちゃいけないのか、それは少し骨が折れるかもな。


「ヴァファーナの額に出来る『風霊石』は十年程で再生される為、倒さないで頂きたいのです」

「なるほど」


 多分だが、翼人族にとって必要なアイテムなのだろう。

 俺に頼むという事は、今まで取りに行っていた人は……。


「今までは私の妹がその任を果たしていたのですが、先の飛竜により、やられてしまって……」

「そうだったのか」


 思っていた通りだった。

 飛竜の弊害がここにも出ているみたいだった。


「本来であれば私が行けば良いのですが、長である私が里を離れるわけにもいかず……」

「ああ、ファラさん、アンタは離れない方がいいだろうな」


 そう言って、俺は頷き背を向ける。

 そして背後のファラへ問いかけた。


「場所は?」

「大峡谷の最深部、魔水晶に囲まれた洞窟『深部の秘奥』です」

「分かった」

「カイト、俺も手伝うか?」


 同じく側でずっと聞いていたガルドが提案してくるが、


「いや、ガルドはやっとリュノと再開できたんだ。この里で待っててくれ」

「そうか……分かった」


 そう伝え、やんわりと断った。

 ガルドも攫われていた(リュノ)とようやく再会出来たんだ。ここは一緒にいるべきだろう。

 それにこの依頼は俺へと与えられたものだ、俺がこなすのが筋だろう。


「では行ってくる」

「お願い致します」

「気を付けてな」


 向かうは大峡谷の深部、『深部の秘奥』。

 俺は、剣の柄に手を当て、峡谷の谷間へと身を投じたのだった。



 ◇



「よ、っと」


 渓谷の岩場へ足を掛け、スピードを殺しつつ、岩肌から生えている樹木の枝に手を掛け、下層へと降り立つ。


「さて、『鑑定眼』だとここから更に降って行った場所に目的の洞窟があるみたいだな」


 俺はマップと鑑定眼を駆使しつつ、大渓谷の下層を攻略していく。

 この場所は、主に小型の鹿やリスの様な環境生物が棲みついている。

 魔物も獣型のものから、虫型のものと種類は豊富だが、さほど強くない。

 今も丁度、蠍のような魔物を倒した所だった。


「それにしても、平野と違って資源が豊富だな」


 俺の手には『綿堅石(メンケンセキ)』と呼ばれる軽くて丈夫なブロックみたいな石が置かれている。

 他にも『浮遊苔』や『疾風結晶』など、開拓に重宝しそうな素材が瞳に映る。


「それにこの木」


 俺は特に目を惹かれた素材に鑑定眼を使用する。



 ◇


舟風樹(シュウフウジュ)

・風通しの良い、峡谷に生える樹木。

・長い間、峡谷の強風によって繊維が圧縮されており、樹液に微量の魔力を含んでいる。

・主に船などの材料に用いられている。


 ◇


「将来、船なんか作る時に使えそうだな」


 採取するに越した事はない素材だ。

 生命力の強い魔樹でもあるようなので、幹さえ残しておけば、再生する様だ。

 と言う事で遠慮なく伐採する。


 その後も、素材を集めながら下っていくと、次第に峡谷の壁にちらほらと水晶が目につく様になってきた。

 それに加えて、頬を撫でる荒々しい風。


「風が強くなってきたな……」


 更に進むと、水晶の密度が濃くなり、陽光を反射して、峡谷全体を幻想的な青に染め始めた。

 そして___


 キュオォォォォォォォン______!


 峡谷の奥、深部から甲高い咆哮が耳に届く。

 咆哮と同時に吹き抜けた突風が、周囲の魔水晶を震わせた。


「うお!」


 綺麗な音色だが、方向感覚がブレる。

 タタラを踏みながら、意識をしっかりと保つ。


「まだ、姿を見せてねぇのに、これか」


 俺は頭を振りつつ、先へと進む。

 咆哮が近付くにつれ、周囲を覆う魔水晶は更に巨大さを増していく。

 足元には砕けた水晶片が散らばり、風が吹く度に澄んだ音色を響かせていた。

 そして、遂に魔水晶に覆われた『深部の秘奥』へと足を踏み入れる。


 すると、巨大な影が姿を現した。


 四つの巨大な鳥の羽根に女性の体躯。

 全高は七メートル程だろうか。

 純白の羽毛に覆われた身体は、周囲の蒼い魔水晶の光を受けて幻想的な輝きを放っている。

 だが、その姿に見惚れたのは一瞬だった。

 腕の先には鋭利な風切羽。

 脚部には岩をも砕きそうな巨大な鉤爪。

 そして腰から伸びる長い尾の先端には、不気味な光を放つ毒針が揺れていた。


「こいつはマジで骨が折れそうだ……」


 そう呟きつつ、剣を抜く。

 するとヴァファーナがゆっくりと首を動かした。


 金色の双眸の中央で、紅い瞳孔が細められる。

 その視線が真っ直ぐこちらを射抜いた。

 額には目を見張る、翠色の結晶。


「……あれか」


 純白の羽毛の間から覗くその輝きは、周囲の魔水晶とは明らかに異なる存在感を放っていた。


 間違いない。

 あれがファラの言っていた『風霊石』だろう。


「さて、どうやって取るか」


 俺は、ヴァファーナと相対する様に剣の刀身を上げつつ、僅かだが、口角が上がる。

 飛竜の時は余裕がなかったが、今回は少し、心が躍っているみたいだ。

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