三十五話「大峡谷の朝」
二章開始です。
大峡谷の一角にある『翼人族の隠れ里』。
その広場にて、鋭い素振りの音が響いていた。
上段から下段へ、刀身を鞘に戻し横凪に一閃。
風切り音が響き、辺りに剣線の音が響いた。
「うし、だいぶ動く様になったな」
俺は剣を鞘に戻し、近くの岩場に腰をおろした。
飛竜戦の後、俺は二十日間起き上がる事が出来なかった。
当初、寝たきりになっていた俺はレベルアップでの修復が始まると思い、すぐに起き上がれると踏んでいたが、重度の裂傷や損傷を受けた場合、経験値獲得は保留となるみたいで、自然治癒により起き上がれるまで時間がかかってしまったのだ。
「にゃぁ〜」
「スノーとも久しぶりな感じがするな」
「にゃふ〜」
俺はスノーの顎下を撫でながら、早朝の柔らかな風を感じる。
スノーはいつの間にか俺の腹の上に現れ、寝息を立てていた。
体力が回復して、俺の中から出てきていたみたいだ。
「ただの猫の妖精だと思ってたのにな…」
そう言って俺は苦笑を浮かべる。
これは後から分かったのだが、スノーが経験値獲得を遅らせてくれていたらしい。
俺の中には大量の経験値が蓄積されているみたいなのだが、一気に獲得すると身体が耐えられず砕けてしまうらしい。
スノーの一次的な進化は、俺の中にある経験値を間借りしたから起こった出来事の様だった。
スノーは俺の使い魔となっている為、その様なことが可能なんだそうだ。
そう、『鑑定眼』が詳細を教えてくれた。
「カイト〜」
「お、フィア、おはよう」
そんな自分に起きていることを整理していると、峡谷の岩棚からフィアが顔を出し、パタパタと降りてきた。
「あ! スノーちゃんだ!」
「にゃふ〜?」
「きゃ! えへへ〜」
スノーは、フィアに気付き、フィアの頭へと移動する。
スノー自体は十日ほどで目を覚まし、その後は子供達に大人気だ。
「あ、そう言えばカイト〜、リュノのパパがあとでおへやに来てほしいって!」
「ん? ガルドがか?」
一体何だろうか?
「なんか、群れのみんなからいろいろ頼まれてるんだってっ!」
「頼み事か、なら俺も手伝わないとな」
警戒はだいぶ薄れてはいるが、翼人族の人らとは打ち解けた感じにはまだなっていない。
俺は『魔鉄鋼剣』を腰へ差し、ガルドのところへ向かうことにした。
その途中でソフィアと出会う。
ソフィアは峡谷の岩肌に露出している赤い鉱石にへばり付き、鼻息を荒くしていた。
「……ソフィア何してんだ?」
「見て分からんか! 『魔鉱石』じゃぞ!!」
「コイツの素材のやつだろ?」
そう言って、腰に差している剣の柄を叩く。
だが、ソフィアは眼をくわっと開かせ、捲し立てる様に言ってきた。
「そんなものとは比べ物にならんほど貴重な鉱石じゃわい!! 良いか! それに使われておる、『魔鉄鉱石』は魔物が体内で生成する鉱石で、そこまで入手難易度は高くない。じゃが、この『魔鉱石』は別じゃ! この鉱石はの_____」
「……ソフィアさま、ずっとこう……」
「……」
そう言って眼を瞑り、延々と語り出すソフィア。
そんなソフィアを見つめ、小さなため息をついて苦笑を浮かべるアリシアがいた。
「任せたぞアリシア」
「まかされた(こくり)」
長くなりそうなので、ソフィアの相手はアリシアに任せる事にした。
当然だが、アリシアの頭を撫でるのを忘れない様にする。
「……ん……ごしゅじんに撫でられるの、すき……」
「そうか」
「いってらっしゃい」
「ああ、行って来る」
そんなこんなでアリシアとソフィアと別れた俺は、ガルドの仮テントへとやって来る。
中では、リュノとリナが食事をしている最中だった。
「すまん、出直したほうがいいか?」
「いえ、大丈夫ですよ。ガルドの手伝いに来てくれたのでしょう?」
「かいと!」
「おっと、ああ、ガルドは何処に?」
俺を見て、小走りで来たリュノを抱き留めそう聞く。
「ガルドでしたらリファに呼ばれて風の間へと行ってますよ」
「あの人のところか……分かった行ってみるよ。ありがとう」
「いいえ、ほらリュノ、リコの実が残ってますよ」
「うぅ、それおいしくないんだもん」
「リュノ?」
「わ、わかったよぅ」
リュノはリコの実が嫌いなのか、木皿の脇に避けている。
確かにトマトに近い味だからな、子供には少し苦手か。
だが、リナは食べ物を残すのは許さないようで、リュノへ小さな圧を送っている。
「(頑張れよ)」
俺は心の中でリュノを応援し、ガルドがいる『風の間』へと向かった。
岩棚を跳び、壁面へ手を掛け一気に上層へ飛び移る。
「ひゃあ!」
側で風を浴びながら気持ち良さそうに羽ばたいていた、翼人族の女性を驚かせてしまった。
「っと、すまん。失礼するぞ」
俺はその女性に謝罪し、更に上層へと跳躍する。
少しすると、『風の間』が見えて来た。
実はこの『風の間』、飛竜が寝床にしていた大空洞の一角にあり、元々翼人族の集落の一つの様だった。
飛竜がいた頃は魔物や人の人骨で溢れていたが、今はすっかり綺麗にされており……いや、結構、残ってるな。
側ではせっせと、ガルドが片付けをしている。
「おはようガルド」
「ああ、カイトか。来てくれたんだな」
「もしかして頼みって……?」
「ああ、ここにある魔物の素材整理と人の骨らしき遺骨の回収だ」
やっぱりか。
何となくそうは思っていたので俺は『次元収納』を開き、さっさと済ませることにした。
回収すると、いろんな魔物の素材が羅列されていく。
『魔戦馬の大骨』『巨鶏竜コカトリスの頬袋』『吸血熊の凶爪』と様々だ。
そんな中。俺は人骨の一部に気になる名称を見つけた。
”ラハン子爵令息の遺骨”
俺は遺骨を布で包み、側に落ちていた、錆びた礼剣と一緒に丁寧に『次元収納』へとしまう。
やはり人へも被害が出ていたようだ。
その後も俺は魔物の素材と遺骨の回収を行う。
時間にして十分ほどだろうか、大量にあった魔物の遺体と人骨は綺麗になくなり、『風の間』が若干だが姿を取り戻す。
「片付いたみたいですね」
その声に振り返ると、『風の間』の奥からリファがやって来る。
リファの隣には人間で言えば四十歳前後に見える、落ち着いた雰囲気の女性。
穏やかな笑みを浮かべているが、その佇まいでこの集落を率いる存在であることがわかった。




