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三十四話「帰る場所」


 飛竜と死闘を終え、大峡谷には平穏が訪れた。

 先程まで響いていた咆哮は止み、峡谷を覆っていた飛竜の圧が霧散する。


 翼人族(ハーピィ)達は戦闘の結果を見る為、飛竜が寝床にしていた中腹の大空洞へと向かった。

 大空洞へ辿り着くと、翼人族たちは恐る恐る中を覗き込む。


 そこに広がっていた光景に、誰もが息を呑んだ。

 洞窟の奥では、緑地色の鱗を持つ巨大な飛竜が横たわっていた。

 その巨体は微動だにしない。

 鋭い黄金の瞳は既に光を失い、王者として君臨していた飛竜は完全に事切れていた。


 そして飛竜の傍らには、一人の人族の青年が倒れている。

 全身は血に染まり、衣服は裂け、傷だらけだ。

 右手を伸ばした先には、黒い鍔を持つ魔剣が転がっている。


 青年___カイトは微動だにしない。


 その姿を見た瞬間、翼人族の少女フィアが飛び出した。


「か、カイト!」


 制止の声も聞かず、フィアは斜面を駆け降りる。


「カイト! カイトぉ!」


 震える声で呼びかけるが、返事はない。

 フィアは慌ててカイトの身体を抱き起こそうとして、その体が冷え切っていない事に気付いた。


「い、いきてる……!」


 胸に耳を当てる。

 弱々しいながらも、鼓動が聞こえた。

 それを確認したフィアは涙を浮かべて喜んだ。


「よかった……」


 そして、遅れて降りてきた翼人族たちは、その光景を見て息を吐く。

 誰もが飛竜との戦いは相打ちになったと思っていた。

 だが、違う。

 この青年は、厄災と恐れられる『竜種』を相手に生き残ったのだ。

 問題はこの青年が人族である事。

 翼人族(ハーピィ)もまた馬人族(セントール)と同じで人族に対し良い印象を持っていなかったのだ。

 いなかったのだが……。


「フィア、あなたその人族と知り合いなの?」

「まま!」

「人族は危険だと伝えたでしょう」

「そんなことないもんっ!! カイトはやさしいもんっ!!」


 そう言って、カイトから離れようとしない娘のフィア。

 母であるリファはため息を吐きつつ、戸惑いながらもフィアに近づき、側にいる人族の青年を見つめた。


「……一先ず、集落へ連れて行きましょう」

「まま?」

「結果として助けられたことに変わりはないですからね」


 そう言って、この群れのまとめ役であるリファは仲間に告げて、カイトを自分たちの集落へと連れていった。



 ◇



 その頃、ソフィア達も救出活動が一段落付き、カイトの安否確認の為、大峡谷へ進んでいる最中だった。

 メンバーはソフィアにアリシア。リュノの両親であるガルドとリナ。

 それと護衛にセントールの狩人が二名。

 アリシアは危険だからと一度は村で待つよう伝えたが、カイトが心配なようで、結局付いてくることになった。

 護衛が付いているのはその為でもある。


「咆哮は止んだ様だが…」


 ガルドが呟く。

 大峡谷までは後、半日程だ。

 先程まで荒れ狂う様に鳴り響いていた飛竜の咆哮も今は止み、静寂が訪れている。

 飛竜の声に怯え、姿を現さなかった角兎も今では平原の草を食んでいた。


「無事で、おってくれ……」


 ソフィアの心は焦燥に駆られているのか、不安な表情が顔に出ている。


「……ごしゅ、じん、は……いきて、ます……」


 対して、アリシアはカイトの生存を信じているのだろう、そう口にした。


「ごしゅじん、やくそくしました。かならず、かえる……って……」


 そう言って、小さな手を握りしめている。


「そうね、私達が信じないで、誰が信じるの、……信じなきゃね」

「……はい……!」

「そうじゃな。すまんかったのアリシア」


 そう伝えると、こくりと頷いたのだった。


「さあ、急ごう」


 ガルドとリナは少しでも早く辿り着く様に、速度をあげる。

 大峡谷へと辿り着いたのは、その日の夕方だった。



「……?」


 その時、ガルドたちの気配にリファが気づいた。


 探知の魔法に反応があったので、峡谷入り口まで確認に行く。

 すると、そこで懐かしい顔と出会った。


「懐かしい気配がすると思ったら……ガルドとリナだったのね」

「リファ……?」

「久しぶりだな」


 どうやら、リファはガルドとリナの知り合いのようで、ソフィア達はリファによって集落へと案内される。

 その案内の途中で、ガルド達は事情をリファへと話した。

 すると、リファは思い出した様に口を開く。


「ガルドにリナ、その子なら無事よ。リナ、あなたと同じ髪色の子供よね?」

「ほ、本当!?」

「ええ、今、私たちの集落にいるわ」


 そう言って、リファはガルドとリナに娘のリュノは無事である事を告げる。

 再開した時の彼らの喜びようと言ったら、凄かった。


「パパ! ママ!」

「リュノ!」

「よかった、無事だったのねっ!」


 娘と再開したリナはリュノを強く抱きしめた。

 その小さな温もりを感じた瞬間、耐えていた涙が溢れる。


「ごめんね……怖かったわよね……」

「うん……」

「本当に……よかった……」


 そう言って涙を流して抱き合う。


「あのね、カイトが助けてくれたの……」

「知っているわ」

「……カイトは何処に?」


 ガルドとリナはリュノへそう尋ね、カイトのところへと案内される。


「___」

「___っ」


 カイトの状態に、二人とも言葉を失う。

 ソフィアはその場に崩れ落ちてしまった。


「そ、そんな………」


 傍目から見ると命を落としている様に見えるからだ。

 だが、リファが少しぶっきらぼうに伝える。


「生きているわよ。子供達が寝ずに看病したおかげでね」


 その言葉の通り、カイトは、胸を上下させていた。

 リュノもフィアも一生懸命にカイトの看病をしたのだ。

 顔や上半身を清潔な布で拭い、薬草の水に浸した布を取り替えて。


 最初は戸惑っていた翼人族達だったが、二人の少女の懸命な介護に、この人族の青年は自分達が知っている人族とは違うのかも知れないと、そんな風に考えていた。

 だから、カイトは放り出されず、こうして翼人族の集落にて看病を許されていた。


 許されていたが、ソフィアは内心面白くない。

 傷付き、横たわる青年(カイト)を見て特にそう感じた。

 だが、人族が彼ら亜人種にした仕打ちを知っている為、俯く。

 そして改めてカイトの様子を見て呟いた。


「こんなになるまで……」


 カイトの傍へ寄り、その額に触れる。


「頑張りすぎじゃよ……ばか、もの……っ……」


 そう言って涙が溢れてしまった。

 肩を震わせるソフィアを見て、翼人族達は静かに顔を見合わせた。

 この青年は、本当に仲間達から大切に思われているのだと。


 そして、翌朝___遂にカイトが目を覚ます。



 ◇



 何だか、温かいものに包まれている気がする。

 全身はダルく、痛みはあるが、不思議とその温かさに救われていた。


「……ぅ……」


 俺はゆっくりと瞼を開く。

 視線の先にはリュノにフィア、ソフィアが居た。アリシアも少し離れた場所で不安を湛えた瞳で様子を窺っている。


「か、カイト…?」

「……心配かけたな、リュノ」

「う、うわぁぁぁぁぁん!」


 膝を折り、俺に泣き縋るリュノの頭を撫でながら、俺は仲間達にも声をかけた。


「フィアもありがとうな。ずっと、声が聞こえてたよ」

「うん、うんっ!」


 嬉しそうに笑うフィアは羽根をパタパタさせ嬉しそうに宙を舞っている。


「アリシアもおいで」

「……ごしゅ、じん……っ!」


 離れていた場所にいたアリシアにもそう声をかける。

 駆ける様に近づいてきたアリシアの頭もそっと撫でると、安心した様に柔らかく微笑んだ。


「カイト」

「ソフィア……」


 最後にソフィアだ。

 泣き腫らしたのか、目が赤い。

 普段の様子と全く違うソフィアの表情に、散々心配かけたことを痛感した。


「悪かったな………でも、倒したぞ」

「無茶しすぎなんじゃよ……っ!」


 そんなつもりは無かったんだが、また泣かせてしまった。

 俺はどうしていいのか分からず、いつもの口調で言う。


「はは、流石に、でかいトカゲはキツかったわ」

「……ばか、ものっ!」


 そう冗談めかして伝えると、ポカリと頭を小突かれた。


「いてっ」

「心配、させおって……」

「悪かった」

「本当じゃ」


 やがて、ぽすっとソフィアの頭が俺の胸に置かれる。


「……本当に、ばかもの……じゃ」


 小さく、そう呟く声が聞こえた。

 俺は苦笑しながら、改めて周りを見渡した。


 リュノにフィア。

 アリシアにソフィア。

 ガルドにリナ。

 そして、セントールの人達に翼人族(ハーピィ)の人達。


「帰って来られたんだな……」


 俺は心の底からそう思い、安堵の息が漏れたのだった______。


これにて、一章完です。次回から二章へ入ります。

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