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三十三話「互いの守るべきもの」


 視界が歪む。

 気を抜くと倒れそうだ。

 視線の先の飛竜は身体を引きずる様にして、この場から飛ぼうとしている。

 ゆっくりだが、大きく羽ばたき始めた。

 俺は阻止する為、剣を掴み、投げようとする。

 だが、力が入らず、その場に崩れ落ちてしまった。

 その直後、飛竜は飛び立つ。

 大峡谷の中腹にある、自らの棲家である『飛竜の巣』へ。


「に、逃すか……」


 俺は剣を支えに立ち上がり、飛竜の後を追う為『次元収納』から『薬花草』を取り出し口にする。


 苦い。


 だが、そんな事言っていられない。

 少し身体が軽くなる。

 俺は身体を引き摺りながら、峡谷の広場から飛竜の巣へ向かう為歩みを進める。


「か、カイト!? だ、だめだよっ! こんなに、ぼろぼろなのにっ!!」

「離してくれ、今アイツを逃したら、また誰かが死ぬ」

「で、でも! このままじゃ、カイトがしんじゃうよっ!!」

「死にやしねぇよ、約束する」

「うぅ……」


 フィアは俺の事が止められないと分かったのか、涙を溜めて俯いた。


「悪いな、行ってくる」


 俺はそんなフィアの頭を撫で、飛竜の巣へと向かった。

 飛竜と同じように、上へ飛ぶ為脚に魔素を集め、峡谷の岩壁目掛けて跳躍する。

 飛ぶたびに激痛が走るが、気合いで我慢するしかない。

 一度でも足を止めれば、そのまま倒れてしまいそうだからだ。


 飛竜の巣へ辿り着く頃には、全身は鉛のように重くなっていた。

 浅い呼吸を繰り返しながら、俺は巣である岩棚へと足を踏み入れる。

 数日前に見た大型の魔物の死骸や、人型の骨を横目に、改めて飛竜の寝床の大きさに圧倒されそうになった。


「___ッ」


 今は圧倒されている場合じゃない。

 頭を振って飛竜を見据える。

 飛竜は、大峡谷の中腹をくり抜くように作られた巨大な空洞の中央で、荒い息を響かせながら、身を丸めていた。


「……みつ、けたぞ」


 俺の呟きに、飛竜がゆっくりと顔を上げる。

 その金色の瞳には先程までの凶暴さはない。

 代わりにあったのは警戒、そして焦りだった。

 飛竜の身体は先の戦闘の激しさを物語るように、巣を青い血で染めている。

 側には剥がれた鱗も落ちていて、苦しそうに唸り声を上げていた。

 身じろぎをし、その場から離れようともがく。

 俺はその様子に違和感を覚えた。


「……胎を、守ってる……?」


 大きな翼で巨体を隠し、傷ついた両腕で胎を守っている。

 その時、腹部がゆっくりと淡い点滅を繰り返した。

 魔素の揺らぎが確認できる。

 久々に鑑定眼が反応した。


「飛竜の卵……」


 思わず漏れた呟きに、飛竜の金眼に焦りと動揺が色濃く映る。

 そして、それ以上近づくなと言わんばかりに、大きく咆哮した。


「………」


 なぜ飛竜が逃げたのか合点がいった。

 この飛竜は子を守るために、巣に戻ったのだと。

 もしかしたらセントールの村を襲ったのも、子を育てるためだったのかもしれない。


「悪いな。お前の事情は配慮してやれない。俺にも守りたいものがあるんでな」


 ここで、この飛竜を見逃せば、傷を癒したコイツにまた村が襲われるかも知れない。

 その場合、泣くのは俺が守りたいと願った人たちだ。

 それだけは譲れない。


 だから俺は、剣を抜く。


「行くぞ……これで最後だ」


 同時に逃げられないと悟った飛竜が唸り声を発し、大きく口を開けブレスを放った。

 俺は何とか跳躍しブレスを避け、巣の天井を足場にして、飛竜の背へ突っ込む。

 飛竜の背には『魔鉄鋼剣』が突き刺さったままだ。

 俺の意図に気付いた飛竜がブレスを連発してくる。

 だが、体勢を変える余裕はないのか、動きはゆっくりだ。

 余裕がないのは俺も同じだった。

 ブレスの一つが右脚に着弾し、不能になる。


「ぐっ_______、づぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」


 俺はそのまま身体を回転させ、魔鉄鋼剣へ全体重を乗せた踵落としを、お見舞いした。



 ギャォォォォォォォォォ_________…………



 飛竜は断末魔の叫び声をあげ、地面へと倒れた。


「ぐ、あ……」


 俺も反動で、地面へと倒れる。

 飛竜の瞳が閉じられ、そのまま生き絶えた。


「……終わった、か」


 全身が痛い。

 右脚なんて感覚すら曖昧だった。

 それでも俺は何とか身体を起こす。

 飛竜の亡骸へ近づき、その腹部へ視線を向けた。


「お前も、必死だったんだろうな……」


 返事はない。

 当たり前だ、俺が手を下したんだから。

 せめて残されたものくらいは守ろうと思い、『鑑定眼』を使用して胎内の位置を確認する。

 一瞬だけ躊躇したが、俺は剣を握り直し、その腹に当てる。

 すると、裂けた腹の奥から真っ白い大きな卵が姿を現した。


「……無事だったか」


 俺は小さく息を吐き、『次元収納』を開いた。


「お前の母親が必死に守ろうとした命だからな」


 俺は慎重に卵を回収し、『次元収納』へとしまった。


 そこで俺の緊張の糸が途切れる。


「……あー…」


 これはマズイ、意識が遠くなる感じだ。

 体に全然力が入らないし、視界が暗くなっていく。

 薬花草で誤魔化していたが、ここになって無理やり使用していた肉体強化の反動が押し寄せてきた。


「また、フィアに……いや、ソフィアに……怒られるな……」


 苦笑しようとして失敗、俺の意識は深く沈んでいった。


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