三十二話「飛竜への反撃」
峡谷の底へ落ちてから、五日が経った。
俺たちは今も、フィアの隠れ家へ身を寄せている。
だが今日は、そのフィアが珍しく居なかった。
他の翼人族が近くを飛んでいるのを見つけた途端、
「きょう、あつまる日だったー!」
と、慌てた様子で飛んで行ってしまったのだ。
ずっと俺たちの側に居るので大丈夫なのかと思っていたが、よく考えれば翼人族は空を飛べる。
峡谷を自由に移動出来る以上、俺たちみたいに一箇所へ留まる感覚が薄いのかもしれない。
「……この辺、ほんと鳥っぽいな」
岩壁へ背を預けながら、そんな事を呟く。
すると、その時だった。
ドォン……。
腹へ響くような低い振動が、地面を伝って足元へ届いた。
「……?」
小さな揺れ。
だが、一度では終わらない。
ドォン……ドォン……。
一定間隔で、峡谷全体が微かに震えている。
嫌な予感がした俺は、隠れ家の裂け目から外を覗いた。
「……っ」
だいぶ先の岩場。
そこには、あの時の飛竜がいた。
岩肌へ爪を立てながら、首をゆっくり左右へ動かしている。
何かを探しているみたいに、峡谷のあちこちへ視線を巡らせていた。
「ひっ……」
背後で、小さくリュノが息を呑む。
振り返ると、耳を伏せたリュノが身体を強張らせていた。
無理もない。
あれだけ怖い思いをしたのだ、平然としていられる方がおかしい。
「……大丈夫だ」
俺はリュノの頭へ手を置き、落ち着かせるように撫でる。
「ここには、来れないみたいだからな」
そう言いながらも、俺自身、飛竜から視線を外せなかった。
暫くすると飛竜は諦めたのか、飛び立つ。
「ふう、やっぱアイツ何とかしねぇーとな」
正直、今のままでは勝ち目はない。
しかも、飛竜が居るからか他の魔物の気配もしなかった。
「そういや、アイツの巣、沢山の魔物の死骸があったな」
おそらく食い荒らされたのだろう。
レベル上げも考えたが、無理そうだ。
リュノはまだ怖いのか震えている。
「こえーよな。でもちゃんとガルドとルナの元に連れて帰るからな、安心しろ」
「ほ、ほんと?」
「ああ、約束だ」
「……うん!」
俺はそう伝えてリュノの頭を撫でた。
さて、本格的に身体強化を覚えないと。
俺はリュノを連れ、フィアの隠れ家から、いつも練習場にしている洞窟へと、移動した。
洞窟へ到着した俺は、早速身体強化の練習を始める。
昨日の要領で拳に魔素を集め、徒手空拳をする。
十分ほどなら維持できるようになってきた。
この間の痺れは、魔素を多く集め過ぎた事による負荷であることも分かった。
練習を重ねる事に持続時間も増えている。
「次は脚にも意識するか」
今度は拳に加え、脚にも魔素を纏わせる。
すると加速力に加え、跳躍も格段に伸びた。
忍者よろしく右往無尽に飛び回り、洞窟の出っ張りに着地する。
「カイト、すごい!」
眼下では洞窟の鉱石を集めているリュノが目を輝かせている。
俺は、リュノの側に着地し、近場にあった大岩へ、蹴りを放った。
大岩は、蜘蛛の巣状にひび割れ、やがて粉砕する。
「すごいすごい!」
「俺もびっくりだ」
身体強化、魔素を身体に纏うだけでここまで威力が跳ね上がるとは、これなら飛竜相手でもなんとかなるかもしれない。
そう考えていた時だった。
洞窟の入り口から、慌てた様子のフィアが飛び込んでくる。
「カイトぉ!! たいへん!!」
「ど、どうしたんだ」
俺はフィアを抱き留め何があったのか聞くと、
「みんなで飛竜をやっつけるって!!」
「え、ちょ、ちょっと待て、どう言うことだ? ちゃんと説明してくれ!」
フィアは息を切らしながら続ける。
「さいきん、ずっと飛竜がいるから、みんな困ってたの!」
「最近?」
「ごはん取れないし、そらも飛べないし、あぶないの!」
俺はそれでピンと来た。
飛竜は最近この峡谷に住み着き、翼人族も困っていたのだと。
だから翼人族達は飛竜を討伐しようと動いたのか。
だが、
「いくら何でも無謀だ!」
「で、でも、おかーさんたち、もう行っちゃったの……!」
「っ、案内しろフィア!」
「う、うんっ!!」
正直、俺が行った所でどうにかなる相手とは思えないが、見捨てる事はできない。
それに、身体強化はまだ奴に試してない。
勝てなくても、前みたいに一方的にやられることは無いはずだ。
「リュノはここで待っててくれ!」
「で、でも、カイト……!」
「大丈夫だ、だから大人しくしてるんだぞ!」
俺はリュノにそう伝え、剣を掴んで、洞窟を飛び出した。
◇
岩壁を蹴りながら、峡谷を駆け上がる。
すると、岩壁の先に広く開けた場所があり、そこで既に戦いが始まっていた。
___グォォォォォォォォォォォオ!!
咆哮と共に衝撃が飛んでくる。
翼人族達はなす術もなく弾き飛ばされ、岩壁に身体を打ちつけていた。
中には弓や風魔法で応戦している者もいるが、飛竜には全くといって良いほど、効果がない。
「お、おかーさん!」
フィアが顔を青くする。
その視線の先には、フィアと似た髪色と羽根を持つ女性。
俺は、考えるより先に跳躍していた。
その女性へ、飛竜が口を開け突進したからだ。
飛竜の真横に飛んだ俺は、その横っ面に強化した蹴りをお見舞いする。
強烈な打撃音を響かせ、飛竜の巨体が一種宙に浮いた。
その隙に翼人族の女性を抱え、跳躍。
フィアにその女性を任せる。
「俺が飛竜を引きつけるからもう少し離れてもらえるか?」
「う、うん! わかったっ!」
俺は再度跳躍し、首を振って態勢を立て直した飛竜の元へ。
グルルルルルルル______、
俺の姿を視界に収めた飛竜が唸り声を発し、
______グォォォォォォォォオ!!
強烈な咆哮を上げた。
俺は『魔鉄鋼剣』を抜き、魔素を右手へ集める。
すると、集めた魔素を媒介に魔鉄鋼剣の刀身が赤く発光する。
俺は地を蹴り、突っ込んできた飛竜の顔面目掛けて一閃。
刀身は深々と飛竜の鱗を貫通し、肉を切り裂いた。
堪らず絶叫の声を上げる飛竜。
だが直ぐに反撃の尾による横凪が飛んできた。
「___ッ!」
俺は何とかその反撃を上空へ跳ねて退避。
だが、それがいけなかった。
飛竜はガパッと口を開け、灼熱のブレスを放ってくる。
「ぐっ!?」
ブレスは俺の左肩を焼き、峡谷の岩壁を貫いた。
危なかった。
先の一閃で片目を潰して居なかったら、直撃して居たかも知れない。
「ッチ、左肩が上がらねぇ……やっぱコイツ出鱈目な強さだ」
一撃で左肩を持っていかれ、改めてあり得ない強さだと自覚する。
だが、今回はリュノもフィアも隠れてくれているので、戦いに集中出来る。
翼人族達も退避してくれた様で、物陰からこちらの様子を伺っていた。
飛竜が唸り声を上げ突っ込んでくる。
巨体だというのにものすごい勢いスピードだ。
俺は上体を逸らし、真横に跳ぶ。
だが、飛竜は即座に反応し、轟音を響かせ追撃してきた。
迫る巨大な鉤爪。
「グッ______!?」
俺は何とか刃で受け止めるが、吹っ飛ばされ岩壁に激突。
衝撃で岩壁にクレーターが出来た。
全身に走る激痛。
それを嘲笑う様に飛竜の巨体が迫り、俺を押し潰した。
「カイトぉ!!」
その光景を見ていたフィアが堪らず声を上げるが、悲鳴の絶叫を上げたのは飛竜の方だった。
よく見ると、カイトの剣が潰した左目に突き刺さり、剣を支えにカイトが踏ん張っている。
「___ヅ」
あ、危なかった。
咄嗟に背中へ魔素を集めて正解だった。
集めてなかったら完全に潰されていた。
だが、それでもダメージは入ってしまって身体が悲鳴を上げている。
あまり長い間は無理だ。
俺は悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、飛竜へ追撃を行った。
飛竜の左眼に突き刺さった魔鉄鋼剣をそのまま力任せに掴み、飛竜の背まで走る。
あまりの激痛に飛竜が怒りの咆哮を上げた。
四方八方に暴れ回り、吹っ飛ばされた俺は地面に転がる。
それを見た飛竜は魔鉄鋼剣を背に刺したまま、怒りの形相で俺を一瞥する。
俺は瞬時に『次元収納』から『鋼鉄剣』を引き抜き、凶撃に備える。
咆哮と共に突進してきた飛竜に剣を合わせ、そのまま後方へ引き摺られる。
動かない左腕を無理矢理駆使し、右手で必死に剣を支えながら、岩壁に脚を掛け踏ん張り、突進を止め、岩壁を足場に飛竜の背後へ回る。
「ハァァァァァ______!!」
そのまま飛竜の尾へ斬撃を放つが、鋼鉄剣では肉まで裂きづらい。
俺は無理矢理、両腕に魔素を集めて、力任せに剣を振る。
左肩に激痛が走るがそんなものは止める理由にはならない。
鱗が砕け、皮が裂け、肉に届き、青い血が吹き出す。
掌に伝わる衝撃はもの凄いが、俺は勢いを殺さず猛攻撃を仕掛けた。
軋む鋼鉄剣、制御もクソもない身体強化。
それによる反動で、左腕が完全に動かなくなり、右腕も裂けた。
だが、まだ右腕は動く。
「食らえや、ゴラァァァァァァア!!」
最後に力の限り剣を振り抜くと、尾が裂け、胴体と離れた。
堪らず絶叫を上げる飛竜。
「はぁ、はぁ……」
膝を床につけ剣を支えに見上げる。
すると、流石にダメージが蓄積されたのか、圧が和らぐ。
飛竜は俺へ唸り声を上げるが、行動に移さない。
脅威だと認識したのか、逃走の気配を漂わせていた。




