間話「残された者達」
飛竜が去った後の村には、重苦しい空気だけが残っていた。
崩れた家屋、焼け焦げた地面。
そこかしこで、負傷者達の呻き声が響いている。
「こっちじゃ! まだ息があるぞ!!」
ソフィアが声を張る。
動けるセントール達が、傷付いた者を次々と運び出し、簡易テントへと連れていく。
ソフィアとルドが回復薬で治療を施し、リナもタオルを手に止血へ走り回っていた。
だが、
「やだぁ……! おきてよぉぉ!!」
幼いセントールの子供が、地面へ倒れた戦士へ泣き縋っていた。
折れた槍を握ったまま動かない若い戦士。
胸元には深い裂傷が走り、流れた血が地面を黒く染めている。
子供は小さな手で必死にその身体を揺する。
「おきてよぉぉぉ!!」
どれだけ揺すっても、返事は無かった。
「っ……」
ソフィアが唇を噛み締める。
周囲でも、似たような光景が幾つも広がっていた。
傷付いた戦士へ縋り付く家族。
呆然と座り込む子供達。
崩れた家屋の下から聞こえる掠れた呻き声。
飛竜は、村そのものを蹂躙していった。
戦士達は最後まで抵抗した。
子供達を逃がす為に、命を削って戦った。
それでも___、
飛竜の通った場所だけ、地面や建物が消し飛んでいる。
___災害級。
そう、まるで災害だった。
一方でガルドはずっと、北東の空を睨み続けている。
拳を握り締めたまま、一歩も動かない。
「……ガルド」
リナが静かに呼ぶ。
だが返事は無い。
やがて、低い声で言う。
「俺も行く」
瞬間、リナが目を見開く。
「ガルド!?」
「傷なら浅い、まだ動ける」
血塗れの槍を握り直し、ガルドが立ち上がる。
「リュノが攫われたんだぞ……!!」
掠れた声。
だが、その瞳の奥には、押し殺した感情が滲んでいた。
「不甲斐ない父親だ」
ガルドは俯いたまま、拳を強く握りしめる。
「俺がもっと強ければ……!」
「違う!」
リナが叫ぶ。
「貴方まで行ったら……!!」
声を震わせ伝える。
本当は、リナだって行きたい。
娘を助けたい。
今すぐ飛び出したい。
だが、相手は飛竜だ。
今向かえば、確実に助からない。
それが分かってしまうからこそ、止めるしかなかった。
「……クソッ!!」
ガルドが地面を蹴る。
砕けた石片が飛び散った。
その様子を、ソフィアは苦しそうに見つめていた。
「……」
本当なら、自分も追いたかった。
カイトと共に行きたかった。
だが、今ここで動ける者が居なくなれば、負傷者達が持たない。
それに……飛竜相手に、今の自分達では足手纏いになる。
それが分かってしまう。
「……無茶しおって」
ソフィアが小さく呟く。
視線の先、遥か北東。
大峡谷の向こうへ、カイトは消えていった。
その時だった。
「……どけ」
低い声に振り返る。
そこには、全身を血で染めたケンが立っていた。
「親父!?」
ガルドが目を見開く。
ケンは折れた槍を杖代わりにしながら、無理やり立ち上がっていた。
「どこへ行く気じゃ!? 傷が開くぞ!」
ソフィアが叫ぶ。
ケンは北東の空を睨んだまま、止まらない。
「決まっている。飛竜を追う」
「馬鹿者!! 今のお主では___」
「黙れ」
ケンが低く吐き捨てる。
「あの若造……たった一人で行きやがった」
折れた槍を握る手に、ぎりっと力が入る。
「孫を助ける為とはいえ、よそ者一人に背負わせていい話じゃねぇ……!」
脳裏へ焼き付いている。
飛竜へ向かっていった、あの背中が。
恐怖はあった筈だ。
死ぬかもしれないと、理解していた筈だ。
それでもあの青年は、一切迷わなかった。
「……アイツは、導になり得る器だ」
ケンが唸るように呟く。
その言葉に、周囲のセントール達が息を呑む。
「こんな所で……死なせてたまるかよ……!!」
ケンは傷口から血を流しながら、それでも前へ進もうとする。
一歩、また一歩。
「……がっ」
だが不意に、膝が崩れた。
そのまま巨体が崩れ落ちる。
「親父!!」
「ぐ……ぅ……!」
無理やり動いたせいで、傷口が完全に開いていた。
腹部から大量の血が溢れ出す。
「馬鹿者!! だから言ったじゃろうが!!」
ソフィアが慌てて治癒薬を取り出す。
ケンは、地面を殴りつけるように拳を握った。
「クソ……ッ!! 立て、こんな所で立ち止まっていたら、カイトの奴が……」
震える腕で、無理やり起き上がろうとする。
だが身体は動かない。
飛竜との戦いで、既に限界を超えていたのだ。
「っ……ぁ……」
拳が震え、歯を食い縛る。
なんとか立ちあがろうと……だが力が入っていかない。
その目から、ぽたり、と一滴の涙が零れ落ちた。
「……族長、失格だ」
掠れた声。
「孫も……村の連中も……カイト一人に背負わせちまった……!」
拳が地面へ叩き付けられる。
悔しさ。怒り。自分自身への無力感。
その全てが、叩きつけた拳に滲んでいた。
「親父……」
ガルドが唇を噛む。
そして、静かにケンへ肩を貸した。
「今は休め」
そう伝えるガルドもまた、拳を強く握りしめていた。
そして、その誰もが、北東の空から目を離せない。
カイトはどうなっているのか。
無事なんだろうか……。
だが、皆の心内を嘲笑うように、はるか彼方の大峡谷では、飛竜の咆哮が響き続けていた。




