二十九話「撃墜」
飛竜は、圧倒的だった。
振るわれる巨大な鉤爪は岩盤を容易く砕き、羽ばたき一つで洞窟内へ暴風を巻き起こす。
長大な尾が地面を薙げば、大地そのものが揺れ、灼熱のブレスは周囲を一瞬で炎に包み込んだ。
今まで戦ってきた魔物とは、存在そのものが違う。
漆黒の魔狼に通じる、いや、コイツはそれ以上の別格だ。
「__ッ!」
俺は歯を食いしばり、突貫した勢いのまま、飛竜へ斬り込んだ。
握るのは『魔鉄鋼剣』。
この剣じゃないと無理だと直感した。
刃が鱗を削り、鈍い感触が掌を伝う。
浅いが皮膚を切り裂いたのが分かった。
だが、飛竜にとっては毛ほどにも感じないのか、こちらに振り返り低く唸る。
次の瞬間、巨大な前脚が振り下ろされた。
「ぐっ……!」
咄嗟に剣で受ける。
凄まじい衝撃が全身を駆け抜け、身体が大きく弾き飛ばされた。
背中から岩壁へ叩き付けられ、肺から息が漏れる。
それでも、倒れるわけにはいかない。
背後には、リュノがいる。
「か、カイト……」
「大丈夫だ」
恐怖に震えながら、必死にこちらを見つめる小さな命。
俺は乱れる呼吸を整え、再び立ち上がった。
飛竜が低く唸りながら近づいて来る。
歩くたびに地面が揺れ、唸り声で空気が震える。
巣に砂塵が舞い、砂利が叩きつけてくる。
___熱い。
飛竜の吐息だけで周囲の温度が上昇してるのが分かった。
飛竜の黄金の瞳が細められる。
まるで獲物を弄ぶ様な視線。
______グゥォォォォォォォォォォォオオオオ!!!!!!
直後、咆哮と共に暴風が炸裂した。
翼の一振りだけで空気が荒れ狂い、俺の身体を切り刻みながら吹き飛ばす。
俺は蹴られた小石の様に吹っ飛んでいき、岩壁にめり込んだ。
「ぐ、ぅ」
飛竜が間髪入れず迫る。
尾の追撃が飛んでくる。俺は咄嗟にその場から飛んだ。
身体が軋む、先ほどの一撃でかなりダメージを負ったみたいだ。
直後、先ほどの岩壁が轟音と共に砕け散る。
だが、俺に避けられた事を察知した飛竜が岩壁を足場に跳躍し、追撃してきた。
鉤爪が迫るが、着地が間に合わない。
なんとか剣で受け止めるが、もろとも弾き飛ばされてしまった。
「ぁ___ガッ!?」
「カイト!!」
骨が砕ける嫌な音が身体中へ響く。
剣を掴んでいた腕が支えきれずに、筋肉が裂け血が吹き出している。
激痛が走っているので、折れているかも知れない。
次の瞬間、飛竜の口元が開き、赤熱した。
「__ヤバいっ!」
反射的にリュノを抱え込み、横へ飛ぶ。
灼熱のブレスが洞窟内を貫いた。
轟音と閃光が辺りを包み込み、岩肌が赤く染まる。
熱風が頬を焼き、数秒前までいた場所が消滅していた。
ぽっかりと穴が空いており、周りが溶け落ちている。
俺はその光景を目の当たりにして背筋が凍った。
一瞬でも遅れていれば、巻き込まれていただろう。
「__っ、はぁ……!」
呼吸が乱れる。
駄目だ。
魔狼と戦った時も感じたが、コイツは魔狼とは殺意の質が違う。
まるで災害だ。
「(コイツには勝てねえ、なんとかこの子を連れて脱出しねえと___!)」
そう思い、脱出ルートを探すが、飛竜の猛攻は終わらなかった。
圧倒的な力が、容赦なく叩き込まれる。
その度に意識が刈り取られる。
呼吸は乱れ、腕は重い。
全身から力が抜けていく。
死を覚悟した。
それでも、退くと言う選択肢はなかった。
背後では、リュノが小さく震えている。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、恐怖で縮こまっている。
俺が退けば、この子は助からない。
その想いだけで、限界へ近い身体を無理やり動かす。
「___ァァァァァァァァァアアアッ!!」
叫びと共に立ち上がり、踏み込む。
飛竜の鉤爪を掻い潜り、渾身の力で剣を叩き込んだ。
硬い鱗を砕き、刃が深く食い込む。
飛竜が怒りの咆哮を上げた。
同時に巣全体が大きく揺れる。
怒り狂った飛竜が暴れ始めたのだ。
天井から次々と岩が崩れ落ち、暴風が荒れ狂う。
飛竜は完全に怒り狂い、理性を失ったように爪と尾を振るい、周囲を破壊していく。
「………く、そ!」
防ぎ切れない。
片腕は潰され、身体中からは激痛が襲ってくる。
俺はギリギリのところで落石を避け、子供を庇う様に後退する。
飛竜の猛攻を耐え凌ぐのは無理だ。
ここは一度、体勢を立て直さないと。
そんなふうに思っていたが、一瞬意識が刈り取られ、気づけばリュノと一緒に宙に放り出されていた。
何が起きたのかわからなかった。
だが、考える余地がない、眼前に迫る飛竜の尾。
「___!」
これは絶対に受けたら駄目だ。
そう直感した俺は、払われた尾を足場にリュノまで飛び、庇うように抱き込んだ。
視界が回転する。
飛竜が咆哮するが追って来ない。
狭くて追撃できないのだろう。
俺は岩肌に何度も叩きつけられながら、渓谷下へ落下していく。
もう、自分の命は二の次だった。
リュノさえ助かればそれでいい、そう思った俺はリュノだけは離さないと心に誓う。
やがて、渓谷下部へ激突する。
「___か、はっ___!」
凄まじい衝撃と共に、全身から力が抜けた。
指先すらまともに動かせない。
それでも俺は、真っ先に腕の中を確認する。
「……よかった……」
リュノは生きていた。
傷付き、苦しそうに息をしている。
俺は震える手で『次元収納』を開いた。
取り出したのは、『精霊樹の樹液』。
不可視の塔で見つけた万能薬の素材だった。
淡い光が零れ落ちる。
樹液を傷口へかけてやると、リュノの傷はゆっくりと癒えていった。
苦しそうだった呼吸も、少しずつ落ち着いていく。
その姿を見届けた瞬間だった。
張り詰めていた緊張が途切れる。
「あ……」
全身から力が抜けた。
霞む視界。
遠のく意識。
その時だった。
「……え?」
不意に、少女の声が響く。
ぼやけた視界の先。
崖上からこちらを覗き込む、小柄な影が見えた。
腕が白い翼になっている少女。
「に、人間……?」
驚いたようなその声を最後に。
俺の意識は、静かに闇へ沈んでいった。




