二十七話「空を裂く災厄」
翌朝、水辺の村へ、激しい蹄の音が響き渡った。
「た、助けてくれ!! カイト殿!!」
切羽詰まった叫び声が俺を呼ぶ。
反射的に家から飛び出した。
「どうした!?」
そこに居たのは、全身傷だらけのセントールだった。
肩で息をし、顔面は蒼白。
表情だけで、ただ事ではないと分かる。
「む、村が……!」
「っ!」
その瞬間、小さな影が駆け抜ける。
「リュノ!?」
「みんな……!」
リュノだ。
顔を真っ青にしたまま、巨湖の村へ向かって走り出している。
「待てリュノ!!」
ガルドが叫ぶ。
だが、リュノは止まらない。
巨湖の村には、友達がいる。
それを理解しているからこそ、止まれなかった。
「くっ……!」
ガルドとリナも駆け出す。
「ソフィア!」
「ああ!」
俺達も後を追った。
後方では、ルドが慌てたように叫ぶ。
「儂らもすぐ向かうぞい!」
「……っ!」
アリシアも不安そうに頷き、
ルドと共に走り出した。
◇
巨湖の村へ近付くにつれ、空気が変わっていく。
焦げ臭い嫌な臭いだ。
地面が、小刻みに震えている。
「……なんだ、これ」
嫌な汗が流れる。
瞬間、轟音が響いた。
まだ距離があると言うのに、物凄い地響きが伝わってくる。
遠くで、建物のような物が吹き飛ぶのが見えた。
「っ!?」
丘を越えた瞬間、その姿が見えた。
巨大。
ただ、それだけで理解出来る。
体長二十メートルはある、漆緑の飛竜。
漆緑の翼に鋭い鉤爪。
大きく羽ばたきながら、金色の瞳が、地上を見下ろしていた。
「なっ……」
あまりの光景に言葉を失う。
村は壊滅状態だった。
建物は崩れ、地面には巨大な爪痕。
傷付いたセントール達が、あちこちで倒れている。
悲鳴に泣き声、それに怒号。
焼け落ちた建材が散乱し、湖畔には血が飛び散っている。
まるで災害だった。
「族長ォ!!」
誰かの叫び声。
視線を向けるとそこには、血塗れのケンが居た。
全身傷だらけだ。
肩で息をし、片腕から血を流している。
ケンの背後には、怯える子供達が居た。
「巫山戯るなァァァァッ!!」
咆哮。
ケンが槍を突き出す。
だが巨大な鉤爪が槍ごとケンを吹き飛ばした。
「がっ……ぁ……!」
「族長!!」
地面を転がるケン。
それでも震える脚で、再び立ち上がる。
「ハァァァァァァァァァ!!」
物凄い槍捌きだ。
槍先が赤く染まっていくが、それでも飛竜は意にも返さない。
黄金の瞳が、ゆっくりと周囲を見回す。
すると、視線が俺たちで止まった。
「……っ」
飛竜の視線の先。
そこに写っていたのはリュノだった。
本能的に理解する。
狙われたと。
「リュノ!! 下がれ!!」
力の限り叫び、突貫する。
同時に、飛竜が地面を砕きながら突っ込んで来た。
地が割れ、暴風が荒れ狂う。
「ぐっ!!」
ガルドが槍で受け止めるが、止まらない。
圧倒的な質量に膂力。
「ガルド!!」
リナが横から飛び込む。
ガルドの槍に合わせて、鉤爪を逸らす。
だが、無慈悲にも二人まとめて弾き飛ばされた。
「っぁ……!」
「パパ!! ママ!!」
リュノの叫び声。
その声に、飛竜の瞳が真っ直ぐリュノを捉える。
捕獲しようと、巨大な鉤爪が迫った。
「リュノ!!」
なんとか間に合い、リュノを抱えて転がる。
轟音と共に、さっきまで居た場所が飛竜の爪で砕け散った。
「カイト!!」
ソフィアの叫ぶ。
気付けば、巨大な尾が迫っていた。
咄嗟にリュノを投げて攻撃から反らせる。
が、俺は無慈悲に薙ぎ払われた。
「がっ___!?」
呼吸が潰れる。
同時に物凄い力で弾き飛ばされる。
地面を転がり、視界が揺れた。
「カイト!!」
ソフィアの悲鳴。
何とか立ち上がる。
だが、
「いやぁぁぁぁっ!!」
リュノの泣き叫ぶ声が耳に届いた。
慌てて、顔を上げる。
飛竜の鉤爪が、リュノの身体を掴み上げていた。
「ま、待て!!」
飛竜が翼を広げる。
瞬間、暴風が炸裂した。
「っ……!!」
砂埃が巻き上がり、
視界が茶色に染まる。
それでも俺は、
必死に前へ踏み出した。
手を伸ばす。
だが届かない。
飛竜の巨体が、
リュノを掴んだまま空へ舞い上がっていく。
「いやぁぁぁっ!! カイトォォォ!!」
泣き叫ぶ声。
伸ばした指先の向こうで、
リュノの姿がどんどん小さくなっていく。
「待て!!」
声の限り叫ぶ。
だが、飛竜は止まらない。
巨大な翼が空を叩く度、暴風が地上を蹂躙し、漆緑の巨体は遥か上空へ離れていく。
「リュノォォォォッ!!」
ガルドの絶叫が、崩壊した村へ響き渡った。
同時に駆け出す。
奪われた。
奪われた!!
「クソったれ!!」
「ま、待てカイト!!」
血塗れのケンが叫ぶ。
「相手は飛竜だ……! 今追えば、お前まで死ぬぞ……!」
「そうじゃ! 落ち着け!」
ソフィアも叫ぶ。
だが、俺の耳には届かない。
俺は飛竜が消えた空を睨み続ける。
「リュノが攫われた」
それだけだった。
「流暢な事言ってられるか!」
「馬鹿者!! 相手は災害級じゃぞ!?」
「だからどうした!?」
即答だった。
胸の奥が、嫌なほど冷えている。
守れなかった。
さっきまで、俺の側に居たのに。
リュノの泣き声が、頭から離れない。
拳を握る。
「……カイト殿」
その言葉に振り返る。
そこには、ガルドとリナが居た。
二人とも満身創痍だった。
それでもガルドは、震える拳を握り締めながら頭を下げる。
「頼む……」
掠れた声。
「リュノを……娘を助けてくれ……!」
その声は、今にも壊れそうだった。
リナも、唇を噛み締めながら頭を下げる。
「飛竜の巣は、北東の大峡谷にあります……」
震える声。
「あそこは飛竜の縄張りです。本来なら、近付くだけで死ぬ場所」
それでもリナは俺へ深々と頭を下げた。
「お願い……します」
絞り出すような声だった。
俺は静かに頷く。
「絶対に連れて帰る」
俺は飛竜が飛び去った空を見上げた。
遥か北東、大峡谷の先へ。




