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二十六話「アリシアの宝物」


 翌朝、俺は眠羊(スリープシープ)放牧の準備を整え、セントールの集落へ向かう。

 隣にはソフィア、後ろにはアリシア。

 次元収納の中には、簡易柵用の資材や捕獲道具も入れてある。


「いよいよじゃの」

「ああ」


 花札騒ぎから数日経ったが、俺達はすっかりセントール達の集落へ馴染んでいた。

 最初は警戒していた連中も、今では普通に話しかけて来る。

 昨日なんて、ルドとケンが花札で喧嘩していたくらいだ。

 まあ、アイツらは古い知り合いみたいだから例外か。


「……たのしそう、だった」


 アリシアが小さく笑う。


「お前も結構勝ってたよな」

「……えへへ」


 そんな話をしながら森を抜けると、巨湖ロタンの輝きが見えてきた。


「おーい! カイトー!!」


 湖畔から、大きく手を振る影。

 リュノに声を掛けられ、いつものように手を上げる。


「パパー! カイトきたー!」

「ごしゅじん……いってくる!」

「ああ、行ってこい。転ぶなよ!」

「だいじょぶ……!」


 リュノと合流したアリシアは、仲良く駆けていく。

 今では、すっかり仲良しだ。


 リュノの父とリュノの母リナも姿を現す。

 二人の姿を見て、俺はアレ? と首を傾げる。


「……ん?」

「どうした?」


 近づいて来たリュノの父が、怪訝そうに眉を寄せる。


「……すまん。今更だが、名前なんて言うんだ?」


 そういえば出会ってから名前を聞いていなかった

 空気が止まっている。


「…………は?」


 リュノの父が固まる。

 周囲で聞いていたソフィア達まで目を丸くしていた。


「お主、今まで知らんかったんか!?」

「いや、なんか普通に会話出来てたから……」

「そこまで来て聞いてなかったのかお主は!」


 ソフィアが盛大に突っ込む。

 リュノなんて「えぇぇ……」みたいな顔をしていた。


「……ぶっ」


 すると、リュノの父が吹き出した。


「ははっ……! お前、本当に変な奴だな!」


 腹を抱えて笑い始める。

 今までで一番砕けた笑い方だった。


「俺はガルドだ」

「ガルドか。よろしくな」

「くくく、本当に今更だな!」


 俺の背中をバシバシ叩きながら、豪快に笑うガルド。

 最初の寡黙そうな雰囲気はどこに行ったんだ。


 そんなこんなあり、平原盆地へ辿り着いたのは、昼前だった。


「……居たな」


 お目当ての眠羊(スリープシープ)だ。

 以前、アリシアに手伝って貰い、毛を分けて貰った魔物。


「さて始めるぞい」

「ああ、分かった」


 早速始めようと、ソフィアと合図を送り近づこうとすると、隣に居たガルドから待ったが掛かる。


「……まて、少し様子が違う」

「ん?」


「メェェェ……」


 すると、一頭の眠羊が、こちらへ顔を向けた。

 ふわり、と青白い粒子が風へ溶ける。


「……っ!?」


 急激な眠気が襲って来た。


「ぅ……」


 ソフィアもふらりと身体を揺らす。


「なんじゃこれ……!」

「眠気の魔法です。アリシアちゃんは流石ね」

「ぴんくの、めぇーさん……これ、とくい」


「群れの眠羊は、外敵を警戒すると眠気を撒きます」

「前は使われなかったぞ?」

「通常個体は使いません。見て下さい、あの個体は淡い桃色をしているでしょう?」

「本当だな」


 リナの視線がアリシアへ向く。


「あの個体は特に警戒心が強いんです。だから身を守る為に眠気の魔法を使ってきます。群を守るためでもありますね」

「……ぴんくの、めぇーさん、こわがり」


 アリシアが小さく呟いた。

 確かに、桃色の眠羊は距離を取りながらこちらを窺っている。

 涙目で、ジリジリ後退をしていた。


「な、なんか悪い事してる気分になって来た」

「そんなことを言っていたら、一生捕獲など出来んぞ。村で放牧するのだろう?」


 ガルドが槍を担ぎながら言う。


「我らが外側を回る。カイト、お前は柵を」

「わ、分かった」


 ガルドとリナが同じタイミングで駆け出す。

 草原を疾走しながら左右へ広がり、眠羊達の逃げ道を塞いでいく。


「メェェェ!?」


 驚いた眠羊達が一斉に駆け出す。

 だが、ガルド達は無理に追い立てない。

 絶妙な距離感で群れを誘導していた。


「今じゃカイト!」

「ああ!」


 俺は『次元収納』を開き、内部へ入れていた木材を次々取り出す。

 杭、縄、簡易柵を地面へ突き立て、素早く囲いを作っていく。

 反対側でもソフィアが同じように囲いを作っていく。

 その間にも、眠羊達は不安そうに鳴き続けている。


「……だいじょうぶ」


 すると、タイミング良くアリシアが、群れへ近付いた。


「……こわくない」

「メェ……?」

「……いたいこと、しない」


 優しく語り掛ける声。

 すると、逃げ回っていた眠羊達の動きが少しずつ落ち着き始めた。


「おぉ……」


 前見た時もそうだったが、本当に凄いと思う。

 見事な手際だ。


 アリシアはゆっくり眠羊へ触れ、そのうちの一頭を手懐ける。


「……いいこ」

「メェ〜」


 撫でられた眠羊が気持ち良さそうに目を細める。


 すると、他の眠羊達も少しずつアリシアの周囲へ集まり始めた。


「メェェ……」

「おぉ、完全に安心しとるな」

「これなら行けそうだ」


 ガルドが頷く。

 その隙に、俺とソフィアは最後の柵を閉じた。


「……よし」


 簡易柵の中には、十頭程の眠羊達が収まっていた。


 眠羊を捕獲した俺たちは、草原を抜け、なだらかな平原を進んでいく。

 ガルド達セントールが群れの外側を囲み、逃げそうになる眠羊を誘導していた。


 その時、草むらから飛び出して来た角兎がいた。

 間髪入れず、リナが蹴り飛ばす。

 メギッ、と嫌な音と共に角兎が地面を転がった。


「……お主は強いのぉ」

「この地で子を育てるなら当然です」


 リナは平然としていた。

 頼もし過ぎる。


 そんな会話をしながら進み続け、やがて前方へ小高い丘が見えて来た。


「この先で一度休むか」


 俺は丘を指差す。

 丘の中央には、一本の大きな樹木が立っている。

 枝葉を大きく広げた、見上げるほどの大樹。


「……ここ、落ち着くんじゃよな」


 ソフィアがぽつりと呟く。


「……ここ、おちつくです……」


 アリシアもソフィアに同意し小さく頷いた。

 眠羊達ですら、どこか安心した様子で鳴いている。

 周囲は平原のままの筈なのに、この丘だけ妙に落ち着く。


「俺もここは結構気に入ってる」


 そう言いながら、俺は大樹の根元へ腰を下ろした。

 木陰は涼しく、疲れた身体へ丁度良い。


 眠羊達も安心したのか、樹の周囲へ集まり始める。


「……随分落ち着いてるな」


 ガルドが少し驚いたように呟く。


 その時だった。


 ざぁ……。


 風が吹き抜け、枝葉が静かに揺れる。


「……っ」


 その光景を見たリナが、ほんの僅かに目を細めた。


「リナ?」


 ガルドが小声で呼ぶと、リナはハッとしたように首を振った。

 一瞬、瞳が茶から緑色に変化していた気がするが気のせいだろう。


「……なんでもないわ」


 彼女は感慨深い表情で巨大樹を見上げていた。


 その後、休憩を終えた俺達は、再び平原を進み続けた。

 途中で何度か眠羊達が立ち止まったものの、アリシアが声を掛けると素直について来る。


「……めぇさん、こっち」

「メェェ……」


 眠羊達は、当たり前みたいにアリシアの後を付いていく。


「流石じゃな」

「ああ、本当に助かる。ありがとなアリシア」


 そう言うと、アリシアは少し照れたように笑う。


「……えへへ」


 そんなやり取りをしながら歩いていると、やがて見慣れた景色が見えて来る。

 拠点の水辺の村だ。


「随分賑やかになったな」


 ガルドが感心したように周囲を見回す。


 水辺の周囲には、新しく建てられた木造建築。

 整備された道、ルドが作っている湖畔へ広がる簡易牧柵。

 廃村だった頃とは違い、今では人の気配がしっかりと根付いている。


 感慨深い。

 そんな風に耽っていると、ルドが手を振りながら歩いてきた。


「おー! 帰ってきたな!」


 そんなルドは、何かを大事そうに両手で抱えている。


「……!」


 近付いて来たルドを見て、アリシアの耳がぴくりと動く。


「お主に頼まれとった物、完成したぞい!」


 そう言ってルドが掲げたのは、枝と蔦で編まれた丸い虫籠だった。


「……ぁ」


 アリシアの目が丸くなる。

 虫籠の側面には、薄い透明鉱石が嵌め込まれていた。


 中には柔らかな苔に小さな水皿。

 アクセントに、淡く光る精霊花。


「おぉ、良い感じだな」

「儂を誰だと思っとる」


 ルドが得意げに鼻を鳴らす。


「環境生物は環境作りが大事じゃからの。精霊花も先に植えておいたぞい」

「流石だ」


 すると。


「……むしかご」


 アリシアが、宝物を見るみたいに虫籠へ近付いた。

 恐る恐る手を伸ばし、そっと触れる。


「……いいの?」

「ああ」


 俺は苦笑しながら頷く。


「お前のだ」


 その瞬間。

 アリシアの耳が、ぴん、と立った。


「……っ」


 嬉しいのを堪え切れていない。

 俺は次元収納を開き、精霊蝶を解放する。


 ふわり、と淡い燐光が空中へ舞い上がった。


「……ぁ……!」


 精霊蝶だ。


 静かに羽ばたきながら、

 虫籠の中へ入っていく。

 淡い光が、周囲を幻想的に照らした。


「おぉ……!」

「きれー……!」


 リュノが目を輝かせる。

 ガルド達も思わず見入っていた。


 精霊蝶達は嫌がる様子もなく、精霊花の周囲をゆっくり飛び回る。

 まるで、最初からそこが住処だったみたいに。


「……きれい」


 アリシアが、うっとりしたように呟く。


 そして、大事そうに虫籠を抱き締めた。


「……ありがとう、ごしゅじん」


 その光景を見つめていたリナは、静かに目を細める。


(交流を経て、少しずつ分かってきていましたが……)


 大事そうに虫籠を抱き締めるアリシアに、そんな彼女を見て、満足そうに笑うルド。


 その光景を、カイトはどこか優しい目で見つめている。


(この人は、信じて良いのかもしれない)


 そう心内で思うリナの瞳もまた、優しげに揺らめいていた。


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