二十五話「湖畔の花札」
リュノの母親、リナから「信じさせて下さい」と言われてから数日。
俺達は、何度か通った幻想の森を抜け、今日もセントールの集落へ向かっていた。
頭上では精霊蝶が淡く光りながら舞っている。
アリシアは頭へ乗った小鳥みたいな環境生物を、落ちないよう両手で支えていた。
「……リュノちゃん、あしすごく、はやい……!」
感心したようにアリシアが呟く。
どうやら先日、リュノと湖畔を走り回って遊んだらしい。
「セントールは走るの得意そうだしな」
「……すぐ、いなくなる」
「はは、それはしょうがない」
するとアリシアは少し考えるように首を傾げた。
「……でも、とりさん、つかまえるの、じょうず」
「ああ」
リュノはかなり身軽だった。
湖畔を走り回りながら、小型の鳥を素手で捕まえた時は普通に驚いた。
しかも、あの身体能力でまだ子供らしい。
「今度、競争でもしてみるか?」
「……!」
アリシアの耳がぴん、と立つ。
だが次の瞬間。
「……まける」
「諦め早いな」
思わず苦笑が漏れた。
そんな話をしながら森を抜けると、木々の隙間から巨湖ロタンの輝きが見え始める。
「あ! アリシアちゃん!」
待っていたのか、リュノが湖畔から勢いよく駆けて来た。
「……リュノちゃん!」
アリシアも嬉しそうに走っていく。
するとリュノは、得意げに何かを取り出した。
「みて!」
木で出来た、小さな羽根。
「……?」
アリシアが首を傾げる。
「こうするの!」
リュノは両手で棒を挟み、勢いよく空へ放った。
木の羽根が、くるくる回転しながら空高く舞い上がった。
「……わぁ……!」
アリシアの耳がぴん、と立つ。
「竹とんぼだ」
俺が苦笑しながら言うと、リュノは満面の笑みで胸を張った。
「昨日、カイトにもらったの!」
その声に、周囲の子供達まで集まり始める。
「なんだそれ!?」
「とんだ!」
「すげぇ!」
更に俺は、次元収納から小さな筒を取り出した。
「こっちもあるぞ」
輪を液体へ浸し、軽く吹く。
ふわり。
虹色の球体が空へ浮かび上がった。
「おぉぉぉっ!?」
セントールの子供達が歓声を上げる。
シャボン玉を追い掛け、湖畔を駆け回り始めた。
「……妙な玩具だな」
後ろから声が掛かる。
振り返ると、ケンが腕を組みながら竹とんぼを見上げていた。
「まあ、子供向けだけどな」
俺が肩を竦めると、ケンは竹とんぼを拾い上げる。
「初めて見る遊具だ」
「実は大人向けも考えてる」
「ほう?」
ケンの耳がぴくりと動いた。
「花札って遊びなんだが」
「はな……ふだ?」
聞き慣れない言葉に、ケンが怪訝そうに眉を寄せる。
「簡単に言えば札遊びだな。酒飲みながらでも出来る」
「酒じゃと?」
その瞬間。
近くに居たドワーフ達とセントールの男達が、ぴくりと反応した。
「カイト、その“花札”とやらはどんな形をしとるんじゃ?」
いつの間に来たのか、ルドが興味津々な顔で覗き込んでくる。
「んー、こんな感じだな」
俺は地面へ簡単な図を描く。
長方形の札。
そこへ花や鳥の絵を描き込んでいく。
「ほう……」
ルドの目が僅かに輝いた。
「実物は紙と糊で作るんだが……ルドなら木材でも作れそうだな」
「木札か!」
ルドが食い付いた。
「面白そうじゃの! カイト、試しに作ってみるぞい!」
「ああ、分かった」
「あ、ちょ、……悪いなカイト」
「いいさ」
ゼムが呆れたように声を掛けるが、ルドはもう聞いていない。
「カイトよ! 薄い木材は出せるか!?」
「ああ、少し待ってろ」
俺は次元収納から加工用の木板を取り出す。
するとルドは、目を輝かせながら木材を掴んだ。
「ほっほっほ! 久々に職人心が疼くのぉ!」
数時間後。
「完成じゃあっ!!」
ルドが高々と木札を掲げた。
表面には花や鳥の絵。
荒削りではあるが、しっかり札の形になっている。
「早っ」
「ほっほっほ! 儂を誰だと思っとる!」
得意げに胸を張るルド。
ゼムとドムは疲れた顔をしていた。
「全部手伝わされたんだが……」
「休憩のつもりだったのによ……」
「細かい事は気にするでない!」
ルドは笑い飛ばしながら札を並べていく。
「で、カイト。遊び方は?」
「あー、簡単に言えば札合わせだな」
俺は地面へ簡単な役を書いていく。
「同じ月の札を集めて役を作る」
「ほう……」
ケンが腕を組みながら覗き込む。
「最初は“こいこい”だけ覚えればいい」
「こいこい?」
「続けるか降りるかだ」
するとソフィアが札を摘まみながら首を傾げた。
「つまり欲張り過ぎると負ける訳じゃな?」
「そんな感じ」
「ほう……面白そうじゃの」
そして。
数十分後。
「ぬぁぁぁっ!? またソフィアか!!」
ケンが頭を抱えた。
「甘いのぉ!」
対するソフィアは絶好調だった。
「なんでそんな強いんだよ……」
「勘じゃな」
「絶対嘘だろ」
俺が呆れていると、隣でリナが真剣な顔で札を睨んでいた。
「……これと、これ」
「お、役だな」
「……っ!」
リナが少し嬉しそうに耳を揺らす。
最初は遠巻きだったセントール達も、今では普通に卓を囲んでいた。
「長! そこ捨てたら負けます!」
「うるさい! 分かっとる!」
「ケン、それ振るんじゃ!」
「黙れルド!」
湖畔へ笑い声が響く。
気付けばドワーフとセントールが入り混じり、酒を飲みながら花札を囲んでいた。
それから数日。
昼は仕事。
夜は花札。
今ではドワーフ達がセントールの村へ来る事も、セントール達が廃村へ遊びに来る事も珍しくなくなっていた。
そして今日も。
「ぐっ……また負けた……」
ケンが机へ突っ伏す。
「ほっほっほ! 勝負は非情じゃな!」
ソフィアは上機嫌だった。
「嬢ちゃん、絶対運だけじゃないだろ……」
「知らんの」
そんな中。
「そう言えばカイト」
突っ伏していたケンが、ふと思い出したように口を開いた。
「眠羊放牧の協力者は見つかったのか?」
「……あ」
俺は固まった。
「……忘れてた」
「忘れておったんかい」
ソフィアが呆れた声を上げる。
ルドなんて腹を抱えて笑っていた。
「かっかっか! お主らしいのぉ!」
「いや、花札作りから遊びまで一気に流れたからな……」
俺は頭を掻く。
するとケンが酒杯を傾けながら鼻を鳴らした。
「変な男だとは思っていたが、ここまでとはな」
「否定出来ない」
その時だった。
「……眠羊、って」
小さく呟いたのは、リュノの父親だった。
隣ではリナもこちらを見ている。
「あぁ。毛を取るために放牧しようと思ってる」
「狩るんじゃなく?」
「増やす方だな」
すると、リュノの父は少し考え込むように黙り込んだ。
「……成程」
ぽつりと零す。
「だから、あの時言っていたのか」
「ん?」
「群れの管理が必要だと」
俺は頷いた。
「アリシアは世話は出来る。でも群れを走らせたり、追ったりするのは難しいからな」
「……確かにな」
セントール達は足が速い。
放牧管理とは相性が良いのだろう。
少しの沈黙。
やがて。
「……なぁ、カイト」
リュノの父が、静かにこちらを見る。
「何か困ってるなら話せ」
「……え?」
「協力出来るかは分からん。だが、お前は俺達へ誠実に接した」
真っ直ぐな視線だった。
「なら、一度くらい話を聞く義理はある」
その言葉に、周囲の空気が少し変わる。
花札で笑っていたドワーフ達も、
酒を飲んでいたセントール達も、
静かにこちらを見ていた。
ケンはそんな空気を感じ取ったのか、小さく口元を緩める。
「……どうやら、お前は思った以上に気に入られているようだな」
「そうみたいだ」
俺は苦笑しながら頭を掻いた。
笑い声が響く。
花札を囲むドワーフ達。
酒を飲むセントール達。
リュノとアリシアは精霊蝶を追い掛け回していた。
最初、あれだけ警戒されていたのが嘘みたいだ。
「……変わるもんだな」
俺がぽつりと呟くと、隣でリュノの父が鼻を鳴らした。
「お前が変えたんだろう」
「俺だけじゃないさ」
ケンやルド達を見る。
こういうのは、一人じゃ無理だ。
すると。
「……で?」
リュノの父が酒杯を傾けながら俺を見る。
「本題はいつ話す」
「ん?」
「眠羊だ」
その言葉に、俺は「あー……」と頭を掻いた。
「完全にタイミング逃してたな」
「忘れてた訳じゃないんだな?」
「半分くらい忘れてた」
リュノの父が呆れたようにため息を吐く。
だが、その口元は少し笑っていた。
「……それで?」
「ああ。改めて頼みたい」
俺は真っ直ぐリュノの父を見る。
「眠羊の放牧をしたい。力を貸してくれないか」
「……」
リュノの父は少し黙り込む。
隣ではリナも静かにこちらを見ていた。
そして。
「……分かった」
短く、リュノの父が頷く。
「俺とリナ、それにリュノも手伝おう」
「リュノも!?」
「わーい!」
リュノが元気よく耳を立てる。
その様子を見て、リナは困ったように小さく笑った。
「この子、もう行く気満々なんです」
「……まあ、助かるけどな」
するとリュノの父が口元を吊り上げる。
「明日だな?」
「ああ」
俺も頷いた。
いよいよ、眠羊捕獲作戦開始だ。




