二十四話「信じさせて下さい」
その後、俺達はケンに案内され、セントール族の集落へと入った。
巨湖ロタンの畔周辺に築かれた集落は、湖畔で見た時以上に活気があった。
だが、俺達へ向けられる視線には警戒が混じっていた。
「人族じゃ……」
「長が連れて来たのか?」
小声が聞こえる。
まあ、当然か。
するとケンが振り返った。
「今日はここで話を__」
「その前に」
俺は次元収納へ手を伸ばした。
「?」
取り出したのは、一本の長槍だった。
黒銀色の穂先を持つ、ソフィア製の魔鉄鋼槍。
それを見た瞬間、周囲のセントール達がざわつく。
「魔鉄鋼……?」
「人族が、何故そんな物を……」
ケンも目を細めたまま、槍を見つめていた。
「……どういうつもりだ?」
その声音には、まだ警戒が残っている。
「こっちから協力を頼みに来たんだ。受け取ってくれると助かる」
俺は静かに槍を差し出した。
「……」
ケンはすぐには受け取らなかった。
値踏みするような視線が、俺へ向けられる。
人族から贈り物を受ける。
それ自体、警戒すべき事なのだろう。
周囲のセントール達も、不安そうに様子を窺っていた。
「長、本当に受け取るのですか……?」
「人族ですよ……?」
だが、暫くして。
「……ふむ」
ケンはゆっくり槍を受け取った。
そして軽く振るい、穂先の重さを確かめる。
「見事な槍だ」
「ここにいるソフィアが作った」
「褒められると照れるの」
「性能は保証する」
ソフィアの反応に思わず苦笑すると、周囲のセントール達は戸惑ったように顔を見合わせた。
どうやら、人族と長が普通に会話している事自体が珍しいらしい。
ケンは槍を傍らへ立て掛け、こちらに向き直った。
「……まぁ、良いだろう。確かに受け取った」
そして周囲を見渡した。
「こちらも最低限の礼儀は示さねばな。誰か!」
「は、はい!」
「客人へ食事を用意しろ」
その言葉に、若いセントール達が慌てて動き出す。
だが、その視線にはまだ警戒が残っていた。
それでも、先程より空気が柔らかくなっているのは確かだった。
ケンはそんな仲間達を見ながら、小さく息を吐く。
「協力するのは良い。だが、我らセントールは人を恨んでおってな……協力者を探すのは難しいかも知れん」
「そうか……」
俺は小さく息を吐いた。
無理もない話だ。
この間出会った商人と冒険者も碌でもない連中だった。
「俺は協力してやってもいいが、流石に長の俺が動くわけにはいかん。仲間に強制もしたくないのでな」
「ああ、分かってる。無理強いはしない」
俺が素直に頷くと、ケンは少し意外そうに目を細めた。
「……ふむ」
「なあ、族長。群れのセントール達と話す許可は貰えるか?」
「ぬ?」
ケンはきょとんとした後、次には豪快に笑い出した。
「はははっ! 仲間と話すのに、わざわざ我へ許可を求めるか!」
周囲のセントール達は驚いたように目を瞬かせている。
「気に入ったぞ、カイト」
ケンは愉快そうに口元を吊り上げた。
「あぁ、構わん。好きに話してみるがいい」
「助かる」
「……だが」
そこでケンは少し真面目な顔へ戻る。
「先も言ったが、我らは長く人を避けて生きてきた。簡単には心を開かんぞ?」
「それでも構わないさ」
俺が肩を竦めると、ケンは再び小さく笑った。
「変わった人族だな、お主は」
◇
食事の後、俺は集落の中を歩いていた。
とはいえ、無理に距離を詰めるつもりはない。
下手に近付けば警戒されるだけだ。
だからまずは観察する。
セントール達は、皆どこかこちらを気にしていた。
露骨に睨む者は居ないが、距離は取る。
子供達は多少興味を持っているようだ。
特にアリシアをちらちら見ている。
だが、流石に近付かない。
親からすれば、人族が子供へ近寄るだけで警戒対象だろう。
「さて、どうしたもんかね……」
俺は頭を掻きながら集落を見回す。
すると少し離れた場所で、一人の若いセントールが何やら悪戦苦闘していた。
片腕を庇いながら、服を着ようとしている。
どうやら水浴びの後らしい。
腕が上がらないのか、上手く袖を通せていなかった。
「……怪我か」
放っておくべきか、少し迷う。
だが、見て見ぬ振りをするのも違う気がした。
俺は一定の距離を保ったまま声を掛ける。
「腕、痛めてるのか?」
「……っ」
若いセントールの方がびくりと震える。
やはり警戒はされるか。
俺はそれ以上は近付かなかった。
「別に取って食おうって訳じゃない」
「……」
「服、結ぶだけなら手伝えるぞ」
話しかけたが、返答は無い。
「……やっぱ無理か」
俺は苦笑しながら肩を竦めた。
そして、その場から離れようとする。
だが。
「……頼む」
背後から、小さな声が届いた。
俺は少し驚いて振り返る。
若いセントールは気まずそうに視線を逸らしていた。
「腕が、上がらん……」
「了解」
俺は苦笑しながら近付く。
すると周囲のセントール達がざわりと空気を揺らした。
「お、おい……」
「人族だぞ……?」
警戒の視線。
だが、若いセントールは止めなかった。
俺は服の留め具を結びながら、ちらりと肩を見る。
「結構酷いな」
「……狩りで痛めた」
「無理に動かしただろ」
「……分かるのか?」
「前の仕事柄な。身体を痛める奴はよく見た」
俺は紐を締め終える。
「これでいいか?」
「……あぁ」
若いセントールは少し驚いたような顔をしていた。
まるで、本当に手伝うだけで終わるとは思っていなかったみたいに。
「礼は言わん」
「ああ、それで良い」
俺が肩を竦めると、若いセントールは少し黙り込む。
「……お前は、妙な人族だな」
「よく言われる」
思わず苦笑すると、若いセントールは僅かに目を細めた。
そして。
「……昔、一人だけ居た」
「ん?」
「お前みたいな人族が」
ぽつりと零された言葉。
俺が視線を向けると、若いセントールは遠くを見るように目を細めていた。
「……昔、森で魔物に襲われた事がある」
「……」
「その時、人族の子供に助けられた」
少し意外だった。
セントール達は、人族をかなり警戒している。
そんな中で、助けた人族が居たのか。
「変なガキだった」
若いセントールは小さく鼻を鳴らす。
「周りの騎士は止めた。危険だと」
「……」
「だが、そいつだけは勝手に飛び出して来た」
脳裏へ浮かぶように、彼は静かに呟く。
「泣きながら我を庇って……騎士達へ怒鳴っていた」
俺は少し黙る。
何となくだが、その子供の姿が想像出来た。
「……そいつは?」
「知らん」
若いセントールは首を横へ振った。
「名前も聞かなかった」
「そうか」
「ただ__」
そこで彼は少しだけ俺を見る。
「金髪の、変な人族だった」
何故か。
その言葉が、妙に引っ掛かった。
その時だった。
「……パパ」
小さな声が聞こえた。
視線を向けると、少し離れた場所から幼いセントールの少女がこちらを覗いていた。
薄紅色の短髪。
不安そうに揺れる茶色の瞳。
まだ幼い。
俺を見る目には、警戒と怯えが混じっていた。
「リュノ」
若いセントールが少女へ視線を向ける。
どうやら娘らしい。
リュノは父親の身体へ半分隠れるようにしながら、小さく口を開いた。
「……にんげん、あぶないよ?」
「……」
やっぱそういう認識なんだな。
苦笑しそうになる。
だが。
「……この人間は大丈夫だ」
リュノの父親は静かにそう言った。
リュノがぱちぱちと目を瞬かせる。
「……だいじょうぶ?」
「あぁ」
短い返答。
だが、その言葉には確かな信頼が混じっていた。
リュノは恐る恐る俺を見る。
俺は小さく片手を上げた。
「どうも」
「……っ」
するとリュノはびくっと耳を揺らし、父親の後ろへ隠れてしまった。
「はは、嫌われたか」
「……いや」
リュノの父親は小さく首を振る。
「怖がっているだけだ」
その時だった。
「……ごしゅじんは、こわくないよ……」
小さな声。
振り向くと、いつの間にかアリシアが隣へ来ていた。
精霊蝶を頭へ乗せたまま、リュノを見上げている。
「……ぁ」
リュノが目を丸くした。
同じ獣人族。
しかも年も近いからか、少しだけ警戒が薄れる。
アリシアはおずおずと続ける。
「……やさしい」
「……ほんと?」
「……うん」
こくり、とアリシアが頷いた。
「……ごはんくれるし、なでてくれる」
「おい、言い方」
思わずツッコむ。
すると、リュノの父が小さく笑う。
「……ふっ」
初めて見せる笑みだった。
リュノはそんな父親を見て、少し驚いたように目を瞬かせる。
「……こわく、ない?」
恐る恐る、リュノが俺を見る。
俺は小さく頷いた。
「ああ。大丈夫だ」
短く答える。
子供へ酷い事をするつもりはない。
するとリュノは、少しだけ耳を揺らした。
「……ほんと?」
「嘘は言わんよ」
そう返した、その時だった。
スッと、俺達の間へ影が割り込む。
「リナ」
「まま!」
現れたのは、女性のセントールだった。
長い薄紅色の髪。
リュノとよく似た茶色の瞳。
だが、その視線は鋭い。
リナと呼ばれた女性は、庇うようにリュノと夫の前へ立つ。
「……」
向けられる警戒心。
いや、拒絶に近いか。
リナは俺をじっと見据えたまま、一言も喋らない。
「……えっと」
まいった。
父親側は多少話せるようになったが、流石に母親は別か。
まあ、当然か。
人族が自分の娘へ近付いているんだ。
警戒しない方がおかしい。
俺は小さく息を吐き、軽く頭を下げる。
「悪かった。無理に近づくつもりは無かったんだ」
そう言って、その場を離れようとする。
だが。
「……待って下さい」
背後から声が届いた。
俺は少し驚いて振り返る。
リナは複雑そうな顔をしていた。
警戒は消えていない。
それでも。
「……信用はしません」
はっきりと、そう言った。
だが次の瞬間。
「ですが、信じさせて下さい」
その瞳には、警戒と、それでも縋るような色が混じっている。
子を守りたい母親の目だった。




