表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/60

二十四話「信じさせて下さい」


 その後、俺達はケンに案内され、セントール族の集落へと入った。

 巨湖ロタンの畔周辺に築かれた集落は、湖畔で見た時以上に活気があった。

 だが、俺達へ向けられる視線には警戒が混じっていた。


「人族じゃ……」

「長が連れて来たのか?」


 小声が聞こえる。

 まあ、当然か。


 するとケンが振り返った。


「今日はここで話を__」

「その前に」


 俺は次元収納へ手を伸ばした。


「?」


 取り出したのは、一本の長槍だった。

 黒銀色の穂先を持つ、ソフィア製の魔鉄鋼槍。

 それを見た瞬間、周囲のセントール達がざわつく。


「魔鉄鋼……?」

「人族が、何故そんな物を……」


 ケンも目を細めたまま、槍を見つめていた。


「……どういうつもりだ?」


 その声音には、まだ警戒が残っている。


「こっちから協力を頼みに来たんだ。受け取ってくれると助かる」


 俺は静かに槍を差し出した。


「……」


 ケンはすぐには受け取らなかった。

 値踏みするような視線が、俺へ向けられる。


 人族から贈り物を受ける。

 それ自体、警戒すべき事なのだろう。

 周囲のセントール達も、不安そうに様子を窺っていた。


「長、本当に受け取るのですか……?」

「人族ですよ……?」


 だが、暫くして。


「……ふむ」


 ケンはゆっくり槍を受け取った。

 そして軽く振るい、穂先の重さを確かめる。


「見事な槍だ」

「ここにいるソフィアが作った」

「褒められると照れるの」

「性能は保証する」


 ソフィアの反応に思わず苦笑すると、周囲のセントール達は戸惑ったように顔を見合わせた。

 どうやら、人族と長が普通に会話している事自体が珍しいらしい。

 ケンは槍を傍らへ立て掛け、こちらに向き直った。


「……まぁ、良いだろう。確かに受け取った」


 そして周囲を見渡した。


「こちらも最低限の礼儀は示さねばな。誰か!」

「は、はい!」

「客人へ食事を用意しろ」


 その言葉に、若いセントール達が慌てて動き出す。

 だが、その視線にはまだ警戒が残っていた。

 それでも、先程より空気が柔らかくなっているのは確かだった。

 ケンはそんな仲間達を見ながら、小さく息を吐く。


「協力するのは良い。だが、我らセントールは人を恨んでおってな……協力者を探すのは難しいかも知れん」

「そうか……」


 俺は小さく息を吐いた。


 無理もない話だ。

 この間出会った商人と冒険者も碌でもない連中だった。


「俺は協力してやってもいいが、流石に長の俺が動くわけにはいかん。仲間に強制もしたくないのでな」

「ああ、分かってる。無理強いはしない」


 俺が素直に頷くと、ケンは少し意外そうに目を細めた。


「……ふむ」


「なあ、族長。群れのセントール達と話す許可は貰えるか?」

「ぬ?」


 ケンはきょとんとした後、次には豪快に笑い出した。


「はははっ! 仲間と話すのに、わざわざ我へ許可を求めるか!」


 周囲のセントール達は驚いたように目を瞬かせている。


「気に入ったぞ、カイト」


 ケンは愉快そうに口元を吊り上げた。


「あぁ、構わん。好きに話してみるがいい」

「助かる」

「……だが」


 そこでケンは少し真面目な顔へ戻る。


「先も言ったが、我らは長く人を避けて生きてきた。簡単には心を開かんぞ?」

「それでも構わないさ」


 俺が肩を竦めると、ケンは再び小さく笑った。


「変わった人族だな、お主は」



 ◇



 食事の後、俺は集落の中を歩いていた。


 とはいえ、無理に距離を詰めるつもりはない。

 下手に近付けば警戒されるだけだ。


 だからまずは観察する。


 セントール達は、皆どこかこちらを気にしていた。

 露骨に睨む者は居ないが、距離は取る。


 子供達は多少興味を持っているようだ。

 特にアリシアをちらちら見ている。


 だが、流石に近付かない。

 親からすれば、人族が子供へ近寄るだけで警戒対象だろう。


「さて、どうしたもんかね……」


 俺は頭を掻きながら集落を見回す。


 すると少し離れた場所で、一人の若いセントールが何やら悪戦苦闘していた。

 片腕を庇いながら、服を着ようとしている。

 どうやら水浴びの後らしい。


 腕が上がらないのか、上手く袖を通せていなかった。


「……怪我か」


 放っておくべきか、少し迷う。

 だが、見て見ぬ振りをするのも違う気がした。


 俺は一定の距離を保ったまま声を掛ける。


「腕、痛めてるのか?」

「……っ」


 若いセントールの方がびくりと震える。

 やはり警戒はされるか。


 俺はそれ以上は近付かなかった。


「別に取って食おうって訳じゃない」

「……」

「服、結ぶだけなら手伝えるぞ」


 話しかけたが、返答は無い。


「……やっぱ無理か」


 俺は苦笑しながら肩を竦めた。

 そして、その場から離れようとする。


 だが。


「……頼む」


 背後から、小さな声が届いた。

 俺は少し驚いて振り返る。


 若いセントールは気まずそうに視線を逸らしていた。


「腕が、上がらん……」

「了解」


 俺は苦笑しながら近付く。

 すると周囲のセントール達がざわりと空気を揺らした。


「お、おい……」

「人族だぞ……?」


 警戒の視線。


 だが、若いセントールは止めなかった。

 俺は服の留め具を結びながら、ちらりと肩を見る。


「結構酷いな」

「……狩りで痛めた」

「無理に動かしただろ」

「……分かるのか?」

「前の仕事柄な。身体を痛める奴はよく見た」


 俺は紐を締め終える。


「これでいいか?」

「……あぁ」


 若いセントールは少し驚いたような顔をしていた。

 まるで、本当に手伝うだけで終わるとは思っていなかったみたいに。


「礼は言わん」

「ああ、それで良い」


 俺が肩を竦めると、若いセントールは少し黙り込む。


「……お前は、妙な人族だな」

「よく言われる」


 思わず苦笑すると、若いセントールは僅かに目を細めた。


 そして。


「……昔、一人だけ居た」

「ん?」

「お前みたいな人族が」


 ぽつりと零された言葉。

 俺が視線を向けると、若いセントールは遠くを見るように目を細めていた。


「……昔、森で魔物に襲われた事がある」

「……」

「その時、人族の子供に助けられた」


 少し意外だった。


 セントール達は、人族をかなり警戒している。

 そんな中で、助けた人族が居たのか。


「変なガキだった」


 若いセントールは小さく鼻を鳴らす。


「周りの騎士は止めた。危険だと」

「……」

「だが、そいつだけは勝手に飛び出して来た」


 脳裏へ浮かぶように、彼は静かに呟く。


「泣きながら我を庇って……騎士達へ怒鳴っていた」


 俺は少し黙る。

 何となくだが、その子供の姿が想像出来た。


「……そいつは?」

「知らん」


 若いセントールは首を横へ振った。


「名前も聞かなかった」

「そうか」


「ただ__」


 そこで彼は少しだけ俺を見る。


「金髪の、変な人族だった」


 何故か。


 その言葉が、妙に引っ掛かった。


 その時だった。


「……パパ」


 小さな声が聞こえた。


 視線を向けると、少し離れた場所から幼いセントールの少女がこちらを覗いていた。


 薄紅色の短髪。

 不安そうに揺れる茶色の瞳。


 まだ幼い。


 俺を見る目には、警戒と怯えが混じっていた。


「リュノ」


 若いセントールが少女へ視線を向ける。

 どうやら娘らしい。


 リュノは父親の身体へ半分隠れるようにしながら、小さく口を開いた。


「……にんげん、あぶないよ?」

「……」


 やっぱそういう認識なんだな。

 苦笑しそうになる。


 だが。


「……この人間は大丈夫だ」


 リュノの父親は静かにそう言った。

 リュノがぱちぱちと目を瞬かせる。


「……だいじょうぶ?」

「あぁ」


 短い返答。

 だが、その言葉には確かな信頼が混じっていた。

 リュノは恐る恐る俺を見る。


 俺は小さく片手を上げた。


「どうも」

「……っ」


 するとリュノはびくっと耳を揺らし、父親の後ろへ隠れてしまった。


「はは、嫌われたか」

「……いや」


 リュノの父親は小さく首を振る。


「怖がっているだけだ」


 その時だった。


「……ごしゅじんは、こわくないよ……」


 小さな声。


 振り向くと、いつの間にかアリシアが隣へ来ていた。

 精霊蝶を頭へ乗せたまま、リュノを見上げている。


「……ぁ」


 リュノが目を丸くした。


 同じ獣人族。

 しかも年も近いからか、少しだけ警戒が薄れる。


 アリシアはおずおずと続ける。


「……やさしい」

「……ほんと?」

「……うん」


 こくり、とアリシアが頷いた。


「……ごはんくれるし、なでてくれる」

「おい、言い方」


 思わずツッコむ。

 すると、リュノの父が小さく笑う。


「……ふっ」


 初めて見せる笑みだった。

 リュノはそんな父親を見て、少し驚いたように目を瞬かせる。


「……こわく、ない?」


 恐る恐る、リュノが俺を見る。

 俺は小さく頷いた。


「ああ。大丈夫だ」


 短く答える。

 子供へ酷い事をするつもりはない。


 するとリュノは、少しだけ耳を揺らした。


「……ほんと?」

「嘘は言わんよ」


 そう返した、その時だった。

 スッと、俺達の間へ影が割り込む。


「リナ」

「まま!」


 現れたのは、女性のセントールだった。


 長い薄紅色の髪。

 リュノとよく似た茶色の瞳。

 だが、その視線は鋭い。


 リナと呼ばれた女性は、庇うようにリュノと夫の前へ立つ。


「……」


 向けられる警戒心。

 いや、拒絶に近いか。

 リナは俺をじっと見据えたまま、一言も喋らない。


「……えっと」


 まいった。

 父親側は多少話せるようになったが、流石に母親は別か。


 まあ、当然か。

 人族が自分の娘へ近付いているんだ。

 警戒しない方がおかしい。


 俺は小さく息を吐き、軽く頭を下げる。


「悪かった。無理に近づくつもりは無かったんだ」


 そう言って、その場を離れようとする。


 だが。


「……待って下さい」


 背後から声が届いた。

 俺は少し驚いて振り返る。


 リナは複雑そうな顔をしていた。


 警戒は消えていない。

 それでも。


「……信用はしません」


 はっきりと、そう言った。


 だが次の瞬間。


「ですが、信じさせて下さい」


 その瞳には、警戒と、それでも縋るような色が混じっている。

 子を守りたい母親の目だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ