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二十一話「地下遺跡」


「~~っはぁぁぁ……っ」


 朝露が滴る早朝。

 浴場から、とんでもなく蕩けた声が響いた。


「これ、堪らんのぉ……」


 風呂場の木縁に腕を乗せ、完全にだらけ切った顔のソフィアがいた。

 隣ではアリシアも、ほぉっ、と小さく息を吐きながら目を細めている。


「……きもち、いい……」


 湯気に包まれ、二人とも完全に駄目になっていた。


「肩まで湯に浸かる文化とか最高じゃろこれ……」

「……おふろ、すごい……」

「カイトが風呂製作を急いだ理由が分かったわい」

「……おふろ、ひつよう……」

「じゃのぉ〜……」


 朝っぱらから、浴場には幸せそうな声が響いていた。



 ◇



「……あったか、かった……」

「風呂は偉大じゃな!」


 朝の鍛錬を終え、食堂でスノーと戯れていた俺の前へ、ホクホク顔の二人がやって来る。

 ソフィアなど頬が緩み切っていた。


「だから言っただろ? 風呂は正義なんだよ」

「うむ! 認めよう!」

「……ソフィアさま、おじさん……みたいだった」

「こ、これ、アリシア! それは内緒じゃ!」


 どうやら、俺と同じく変な声が出たらしい。


「昨日、俺にオッサンとか言ってたの誰だったかなぁ」

「わ、わしはそんな酷い声出しとらん!」


 いや絶対出してたな。

 俺は苦笑しながら干し肉を齧る。

 その時、ふと思い出した。


「そういや洞窟の下、妙な場所があったんだよ」

「ん?」

「なんか人工の通路みたいな場所。ソフィア知らないか?」


 瞬間、ソフィアの動きが止まった。


「……今、なんと言った?」

「いや、だから遺跡っぽい場所……」

「遺跡じゃとぉぉぉ!?」


 勢いよくテーブルを叩き、ソフィアが身を乗り出す。


「ぬおっ!?」

「どんな遺跡じゃ!? 古代式か!? 魔導式か!? 年代は!?」

「知るか!! 逃げるので必死だったんだよ!!」


 するとソフィアは腕を組み、ぶつぶつ考え込み始めた。


「地下遺跡……禁域側……いや待て、そんな話は聞いた事が……」

「おい、まさか行く気じゃねえだろうな?」

「行くに決まっとるじゃろ!!」


 即答だった。


「いや待て待て待て! 危険なんだってあそこ!」

「冒険や探検に危険は付き物じゃ!」

「狼の魔物が出たんだぞ!?」

「小狼だったんじゃろ?」

「黒くてデカかったんだよ!!」

「ぬ、そうなのか……?」


 少しだけ怯むソフィア。

 だが。


「……じゃが、気になるのぉ」

「好奇心が勝ってんじゃねえか!」


 正直、俺は行きたくない。

 あの魔狼は完全に格上だった。

 だが、そこで。


「にゃ〜」


 スノーが立ち上がった。


「あ、おいスノー?」

「にゃ」


 白猫はそのまま食堂を出て行く。


「どこ行くんだ!?」

「にゃあ」


 止まる気配がない。

 それを見たソフィアがニヤリと笑った。


「スノーも乗り気みたいじゃな?」

「いや絶対違うだろ」

「これは行くしかないの!」


 こうして俺は、半ば強制的に洞窟探索へ付き合わされる事になった。

 本当に行きたく無いが、スノーをそのままには出来ない。

 俺はアリシアも連れ村を出る。


 洞窟へ到着すると、スノーは迷いなく奥へ進み始めた。


「にゃ」

「お、おいスノー! 先に行くなって!」


 そう声を掛けるが白猫(スノー)は止まらない。

 崩れた岩場をぴょんぴょん飛び越えていく。


「……まるで案内しておるみたいじゃな」

「……言われてみれば」


 俺たちは後を追う。

 やがて、例の地下遺跡へ辿り着いた。


「……ほぉ」


 ソフィアの目が輝く。

 人工的な石壁、等間隔に埋め込まれた魔光石、古代文字の刻まれた柱。


「これは……かなり古いの……」

「読めるのか?」

「一部だけじゃ」


 ソフィアは崩れた壁へ近づき、指で文字をなぞった。


「……『__ルフ』?」

「ルフ?」

「前半が消えとる。じゃが精霊語じゃな」

「精霊語?」

「古の種族が使っておった文字じゃ」


 さらに別の壁を見る。


「『結界維持』……『封印』……」

「なんか嫌な単語ばっかだな」


 するとスノーの耳がピクッと反応し、奥へ続く通路へ歩き始めた。


「にゃ」

「まだ行くのか?」

「遺跡から離れてしもうとる……」


 必然的に遺跡から離れる形になり、ソフィアが肩を落とす。

 スノーの後を追って進むと、やがて横穴へと出た。


「……っ!」


 ソフィアが目を見開く。


「ここ……里側の抜け道じゃ!」


 駆け出すソフィア。

 俺とアリシアも後を追う。

 だが、抜け道の先で俺たちは足を止めた。


「………ここもなんじゃな」


 ソフィアがポツリと呟く。

 崩落していた。

 巨大な岩盤が通路を完全に塞いでいる。

 そしてその前には、数人の人影があった。


「……なんと、ルド達か!」


 ソフィアが声を上げる。

 その言葉に反応した、泥にまみれたドワーフ達がゆっくり顔を上げる。


「ソフィア……?」

「無事じゃったのか……!」


 ドワーフ達が立ち上がり、側に寄ってくる。

 『棟梁が消えたって大騒ぎだったんじゃぞ! 皆、心配してたんじゃ!』や『すまんの、堅木樹がどうしても欲しくての…』と会話しているので、おそらく知り合いなのだろう。

 だが、再会に安堵しているドワーフ達の声を遮って、荒い声が響いた。


「おい!!」


 冒険者風の男だ。


「お前、どこから来たんだ! 出口知ってんのか!?」

「出口があるなら教えてくれ!!」


 と、一気に詰め寄られ、俺は半歩下がる。


 その後ろで、商人風の男がアリシアへ視線を向けた。

 値踏みするような視線を向けている。


「……っ」


 アリシアが俺のズボンの裾を掴む。

 俺は無言で、アリシアを背中へ庇った。


「なんじゃお主ら……まさか今までルド達に掘らせておったのか?」

「あ?」


 冒険者が苛立った声を上げる。


「穴掘りと鉄打ちが好きなんだろ? 何か悪いのか?」


 その言葉にドワーフ達が悔しそうに俯く。

 俺は状況を理解し、静かにため息を吐いた。


「ソフィア」

「なんじゃ」

「ドワーフの人達は助ける」

「うむ」


「おい! 俺たちも__」

「てめえらは自分で何とかしろ」


 男たちが何かいう前に、突き放す。

 空気が止まった。


「な……」

「勝手について来んのは止めねぇ。でも俺は助けねぇ」

「ふざけんな!!」


 怒鳴り声が洞窟内に響く。

 だが俺は無視して、崩落した洞窟へと戻った。

 アリシア、老ドワーフ達、ソフィアが後に続く。


「お、おい、冗談だろ!?」

「ふざけんなよクソ!!」

「おい、こんなひどい道、私に歩かせる気か!」


 背後で騒いでいるが気にせず進んだ。

 抜け道を戻り、地下遺跡の手前の通路を上っていく。

 俺が昨日、魔狼戦の後見つけた道だ。

 途中、崩れた岩盤を見ながら、ドワーフ達に視線を送り、妙な汗を流す。


 ……これ絶対俺のせいだよな。


 土竜女王戦を思い出す。

 洞窟崩壊に大規模崩落、地盤陥没。

 心当たりしかない。


「まさか禁域側まで崩れるとは思わんかった……」


 ドワーフの一人が疲れた声で呟く。


「突然洞窟全体が揺れ始めての……」

「地竜でも暴れとるのかと思ったわ」


「……へ、へぇ」


 俺は視線を逸らした。


「カイト?」

「いやなんでもない」


 言える訳がない、俺がやりました。なんて。

 その後、何とか洞窟を脱出した俺たちは、俺が転生した時に目覚めた、樹木の丘で一息つく。


 老ドワーフも連日の遭難生活にかなり参ってる様で辛そうにしている。


「大丈夫か?」

「ああ、すまんの…」


 次元収納からソフィア特製の薬草茶の水筒を取り出し、手渡す。

 多少の疲労回復効果があるので、幾分か顔色が良くなった。


「若えの、ありがとよ……助かった」

「気にすんな」


 そんな中、


「ぎゃあああああ!!」


 後方から悲鳴が響く。

 振り返ると、勝手について来ていた冒険者の一人が、魔物に腕を噛まれていた。


「た、助けてくれ!!」


 ソフィアが舌打ちする。


「面倒な奴じゃの」

「はぁ、仕方ねぇ…」


 俺は少し迷ったが、剣を抜く。

 魔物は角兎の群れだ。

 閉じ込められて疲弊した連中が相手するには、少し厳しい数だろう。


「ソフィア、アリシアを頼む」

「なんじゃ、助けてやるのか?」

「一応な、目の前で死なれても目覚めが悪りぃ」

「お人好しじゃの……」

「ほっとけ」


 ソフィアがアリシアを背後へ庇ったのを確認した俺は、角兎目掛けて駆ける。


「……っ」


 アリシアは不安そうに耳を伏せながら、俺の方を見ていた。

 大丈夫、すぐ終わらせる。


 俺は地を蹴った。

 飛び掛かってきた角兎を一閃。二匹目を蹴り飛ばし、三匹目の角を掴んで地面へ叩きつける。


「ひっ……」


 冒険者の一人が情けない声を漏らした。

 なに、情けない声出してんだ……冒険者なら果敢に立ち向かえよ。


 数十秒後。

 角兎の群れは地面へ転がっていた。


「……終わったぞ」


 剣の血を払って鞘へ戻す。

 噛まれていた冒険者は、顔を青くしながら腕を押さえていた。


「た、助かった……」

「ほら腕を出せ、ああ、勘違いするなよ? 助けたのは死なれたら寝覚めが悪りぃからだ」


 俺はそう言って、最低限の応急処置だけ済ませる。

 ソフィアが持っていた布を投げ寄越したので、それを使った。


「これで歩けるだろ」

「お、おう……」


 冒険者は気まずそうに頷く。

 だが、その隣にいた商人風の男は、当然のように口を開いた。


「よし、ならさっさと安全な場所へ案内しろ」

「……は?」


「村があるんだろう? 飯と寝床を用意してもらうぞ。ついでに治療もだ」


 あまりにも当然のように言うので、思わず言葉が詰まった。

 すると、背後で小さな衣擦れの音がした。


「……っ」


 アリシアだ。


 商人達を見て、肩を震わせている。

 羊耳はぺたりと伏せ、ソフィアの後ろへ半分隠れていた。

 俺はそれを見て、短く息を吐いた。


「悪いが、村には入れない」

「は?」


「アリシアが怖がってる。だから無理だ」


 静かな声でそう告げると、商人の顔が歪んだ。


「ふざけんな。こんな場所に置いていく気か?」

「最低限は助けた。これ以上は知らん」

「助けたなら最後まで面倒を見るのが筋だろうが!」

「筋を語るなら、先にドワーフの人達へ謝れよ」


 俺がそう言うと、商人は一瞬言葉に詰まった。

 だがすぐに顔を赤くする。


「このガキ一人のせいでか?」


 一瞬の隙を付き、商人が動いた。

 唐突だったので反応が遅れてしまい、商人にアリシアが奪われてしまう。


「ひぅっ……!」


 アリシアの小さな悲鳴。

 細い腕に、男の指が食い込んだ。


「おい、亜人のガキ!! 離して欲しけりゃ村に__」

「アリシアを離せ」


 自分でも驚くほど低い声だった。

 商人の動きが止まる。

 周囲の空気が凍りついた。


 俺はゆっくりと男を見る。


「今すぐ離せ」

「な、なんだよ……脅してんのか?」


 男の声は震えていた。

 でも手は離さない。

 むしろ余裕を見せようとしたのか、指にさらに力が入る。


「……っ、い、た……」


 アリシアの顔が歪んだ。

 それを見た瞬間、頭の中で何かが切れた。


「……殺すぞ」


 静かな声だった。

 怒鳴ってはいない。

 ただ、心の底から出た言葉に呼応し、空気が軋む。


 商人の顔から、血の気が引いていく。

 冒険者達も、誰一人動けない。

 ソフィアですら黙っていた。


 俺は一歩前へ出る。


「次、アリシアに触ってみろ」


 男の喉が鳴った。


「ひっ……!」


 商人は慌ててアリシアを突き飛ばした。


「……っ!」


 倒れそうになったアリシアを、ソフィアが抱き止める。


「に、逃げるぞ!!」


 商人が叫んだ。

 冒険者達はそれに従い、転がるように森の奥へ逃げていく。


 誰も追わない。

 ただ、静寂だけが残る。


「……アリシア」


 俺は呼びかける。

 怖がらせたかもしれないと、そう思った。


「……ごしゅ、じん……」


 でもアリシアは、震えながらもソフィアの腕の中から、こちらへ手を伸ばした。

 俺の服の裾を、ぎゅっと掴む。


 小さな手が震えている………でも離れない。


「……ごめんな」


 俺はそう呟くとアリシアは小さく首を振る。


「……こわ、かった……」

「ああ」


「……でも……」


 言葉は続かなかった。

 けれど、服を掴む手に少しだけ力が入る。

 それだけで十分だった。


「……カイト」


 ソフィアが静かに名前を呼んだ。

 見ると、彼女の表情は厳しいままだった。


「今の連中、放っておいて大丈夫かの? 村に来るんじゃないかの?」


 俺は森の奥を見る。


「村には近付けさせねえよ」

「……そうじゃな」


 ソフィアはそれ以上何も言わなかった。

 その代わり、疲弊したドワーフ達へ視線を向ける。


「ルド達、歩けるかの?」

「……ああ」

「助けてもらった以上、文句は言わん」


 老ドワーフが深く頭を下げる。


「本当に、助かった」

「礼は後じゃ。まずは村へ戻るぞい」


 ソフィアの言葉に、ドワーフ達が頷く。

 俺はアリシアの様子を確認しながら、ゆっくり歩き出した。


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