二十話「帰還」
洞窟にたどり着く。
やはり、激しい崩落の後なので足場が悪い。
崩れた洞窟の隙間を縫うように移動し、洞窟内部へと入った。
内部へ入り、慎重に進むと、前回女王土竜と激しい逃走戦を繰り広げた大広間へとやってくる。
広場の床はなくなり、大穴が開いていた。
大きさは直径400メートルくらいある。
「よく生き残れたな……俺」
中を覗くと、十数メートル下の岩壁に蒼い輝きが見える。
鑑定眼が反応し『氷結鉱脈』である事が分かった。
「なんてこった」
少し勇気がいる光景だが、俺は降りる事にする。
比較的丈夫そうな足場を選び下りていく。
レベルが上がったおかげか恐怖心があまりない。
思い切ってジャンプしてみる。
「よ、___っとと!」
少しバランスを崩したが、無事着地。
今度は対面にある足場へ飛ぶ。問題なく移動できた。
「はは、我ながら信じられねえ脚力だな」
レベルも40間近になり完全に人間を辞めている気分になる。
朝酷かった筋肉痛も、だいぶ回復してるあたり、やはりおかしな性能なんだと思う。
自分の事なのになんだか実感が湧かない。
「さてと、『氷結石』だな」
氷結鉱脈のある岩壁までたどり着いた俺は、次元収納からピッケルを取り出し、採掘を始めた。
甲高い音が響く。
妙に静かなのでよく音が通る。
しばらく無心で採掘した。
その後十分な量を確保した俺は、ピッケルをしまい、地上に戻る為上へ飛ぼうとする。
その時だった。
少し上の足場の穴から、漆黒の魔狼が姿を表す。
◇
【Lv 87】
・漆黒の魔狼
・狼種の最終進化形態
・この形態に辿り着く個体は極めて珍しい。
・超希少種
・知能が高く、無駄な争いをしない。
・音に敏感で、あまりにも酷いと稀に怒る事がある
◇
俺は冷や汗が止まらなかった。
魔狼は明らかに唸り声を上げ、こちらを見ている。
筋肉の浮いた四肢、黒曜石みたいな牙、赤い瞳。
ただ立っているだけなのに圧が凄まじい。
「グルルルル……」
どう考えても怒っていた。
やばい、完全に採掘音が原因だ。
なんで俺っていつもこうなんだ!
「くそっ! この洞窟どうなってんだよ!」
俺は反射的に駆け出した。
だが地上へ戻るルートは駄目だ。
魔狼が上をとっている。
「っ!」
こうなったら仕方ない。
俺は勢いのまま、大穴の最下層へ飛び降りた。
風が耳を裂く、足場を伝い、壁を蹴りながら下りていく。
しばらくして、床が見えてくる。
だが、もう足場がない。俺は一か八か大きく跳躍した。
「ぐっ……!」
膝に衝撃が伝わり、思わず声が漏れる。
だが、止まる訳にはいかない。
背後からは岩を削る音がしているのだ。
どう考えても追って来ている。
「くそ、マジかよ…‥っ」
俺は全力で走った。
崩れた岩場を越え、裂け目を滑り、暗闇を駆け抜ける。
だが、背後の唸り声は徐々に迫っている。
「っ……!」
俺は走ることしかできない、無我夢中で走った。
すると、前方に光が見えてくる。
俺はその光に近づき、駆け抜けた。
「……は……?」
抜けた先で見えた光景は、明らかに人の手が入った様な人工の通路だった。
洞窟にしては明らかに不自然な石壁に、灯りとして等間隔で加工された『魔光石』が設置されている。
一部崩れてしまっているが、前方には広い空間が見える。
地下遺跡だろうか。
そう思う俺だが、考えている暇などない。
背後には魔狼が迫っているのだから。
俺は転がり込む様に、その開けた空間へと飛び込んだ。
だが、
背後からものすごい地響きが聞こえてきて、俺は吹っ飛ばされる。
「ぐ……っ!」
吹っ飛ばされながらも背後を確認すると、地面が競り上がっている。
俺は体勢を立て直し、腰から剣を引き抜き構えた。
魔狼が姿を表す。
周りには無数の岩が浮遊している。
「___くそ」
勝てる気はしないが、やるしかない。
次の瞬間、弾丸のように岩が飛んできた。
「ぐっ、ぐぐぐぐっ___!」
なんとか剣で受け止めるが、弾き飛ばされてしまう。
次弾が飛んでくる。
思いっきり振り抜くが、やはり勝てない。
「あが___!?」
地面に叩きつけられ、剣が岩場に突き刺さる。
更に、次弾が飛んでくる。
俺は無意識に『次元収納』へ手を突っ込み、『魔鉄鋼剣』を引き抜いた。
すると、今度は岩弾が真っ二つになる。
ものすごい衝撃が手に伝わって来たが、切れてしまった。
「ガァウ!!」
「___な」
だが、その後、息つく暇もなく、まるでいきなり目の前に現れたかのように、魔狼が接近する。
「っく!!」
俺はなんとか体勢を倒し、攻撃を交わすが、気づけば追撃が迫っていた。
なんとか剣を振り抜く。
だが、魔狼は嘲笑う様に見切り、背後へ跳躍、二発の岩弾を放ってきた。
「___ッ___!?」
一発は反応できたので切り落としたが、二発目はもろに受け、吹っ飛んでしまう。
駄目だ、これは勝てない。
俺はボールの様に跳ねながら、そんなことを思い、最後は遺跡の壁に激突。
肺の空気が全部抜け、額から血が流れた。
「ぐ、ぁ……」
視界が揺れる。
魔狼はまだ迫っている。
立て、立たないと死ぬ。
アリシアに絶対帰るって約束しただろ。
俺はなんとか頑張って立ち上がろうとしたが、膝をついてしまう。
剣を支えに、前方を見る。
魔狼がもう目の前まで迫っていた。
低い唸り声、赤い瞳。
俺は、視線だけは逸さなかった。
すると不意に、魔狼の動きが止まる。
まるで硬直したように。
魔狼の視線が斜め前方へ向いた。
すると、唸り声を潜め、フイっと向きを変え、そのまま暗闇の奥へと消えていく魔狼。
「……っ」
俺は唖然と、それを見送る事しか出来なかった。
気付いていなかった。
崩れた天井の穴、そこに小さな白い影が立っていた事に。
白い影は魔狼が立ち去ると、静かにその場を後にしたのだった。
◇
その後なんとか剣を回収し、洞窟を脱出した俺は、運の良い事に遺跡の外へと出る事が出来た。
遺跡の先は、地上に繋がっていた。不可視の塔の側だ。
隠し階段の様なものがあり、そこから地上に出て来たのだ。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
肩で息をする。
正直生きて帰れたのが奇跡だ。
女王戦に続いて二回目。
洞窟とは因縁があるのだろうか。
そんなことを思いながら、拠点の村へ徒歩を進める。
何度か転び、岩場へ体をぶつけ、それでも歩いていく。
襲って来る角兎をなんとか撃退しながら進んでいると、次第に体が軽くなり、額から流れた血も乾き始めていた。
「……痛みが、引いてる?」
一度立ち止まり、自分の体を見下ろす。
裂けていた皮膚がくっ付いていた。
さっきまで歩くのが精一杯だったのに、今は普通に動けている。
すると、淡く『鑑定眼』が反応した。
『高経験値習得に伴い、器の昇華を実施。肉体の再修復が開始されています』
「……そういう事か」
思わず苦笑いが漏れる。
全く便利な身体である。
普通なら死んでいただろう。
あの魔狼は確実に俺を殺せていた。
「なんでトドメを刺さなかったんだろうな」
そんな風に考えるが、分かる訳がない。
考えても分からない事は考えない様にしている。
それが原因で、親方には殴られたことあるけど。
その後無事、拠点へ戻って来た俺をソフィアとアリシアが出迎える。
というか、駆け寄ってきた。
「お、おい、大丈夫なのかお主!?」
「……ごしゅじん……!」
俺の状態がボロボロなので心配してくれたようだ。
少し嬉しい。
嬉しいが、アリシアはどうして良いのか分からないのだろう。
その辺をうろうろし出している。
「なんじゃその怪我! 何があった!?」
「あー……ちと、子犬と戯れてたら噛み付かれちまって」
「どんな子犬じゃ!」
即座に怒鳴られた。
いや、まあ、うん。俺もそう思う。
「大丈夫……なんじゃな?」
「ああ、大丈夫だ」
俺はそう言って、笑う。
「……いた、い……?」
「もう平気だ」
そう言って反射的に手を置こうと、しそうになった。
手を彷徨わせ、自分の頭を掻いて誤魔化す。
アリシアは少しだけきょとんとした顔だ。
あぶねえ、朝は撫でさせてもらえたが、あまりしつこいと嫌われるかも知れねえからな。
「なんじゃその反応」
「学習したんだ。俺は」
「遅すぎるがの」
ソフィアが肩を竦めるが、安心した様な表情だった。
「それより完成したぞい」
「ん? あ、もしかして!」
「うむ、風呂場じゃ!」
◇
ということで早速完成した浴場へとやってくる。
目の前には高級感あふれる黒褐色の風呂。
湯気が立ち昇り、冷えた空気とマッチしている。
「湯も沸かしといたからの」
「お、ありがとな」
「わしらは次に入るでの、ゆっくりすると良いぞい」
「良いのか?」
「お主は一応、ここの拠点の主人じゃからの。そこは譲るわい。(それに、お主のために作ったんじゃしの)」
「そうか、じゃあ遠慮なく」
俺はソフィアの心の声なぞ、つゆ知らず、服を脱いで風呂へ足をつける。
「ちょ、ちょっと待つんじゃ! そのままは汚いじゃろ!! 水で一度体を拭いてからは入らんかい!!」
「あ、わ、わりい」
そりゃそうだ。
このまま入ったら汚すぎる。
俺は、ソフィアが用意してくれた木桶に湯を注ぎ、そこに古着を浸して体を洗う。
今までは一人暮らしだったから、気にしていなかった。
これからはソフィアたちも居るので気をつけないといけない。
体が洗い終わった。
さあ、遂に待ちに待った風呂である。
俺はゆっくりと湯に体を浸し、徐々に全身まで浸かる。
疲れた体に、染み渡る。
「っはぁぁぁぁ〜〜……」
思わず変な声が出た。
ああ、たまらん。気持ち良すぎる。ずっと浸かってたい。
「風呂、最高だぁ〜〜」
「おっさんがおるの」
「良いんだよ今は」
そう仕方ないのだ。気持ち良過ぎるのがいけない。




