十九話「やくそく」
翌朝、俺は土の味で目が覚めた。
「んあ?」
地面? 一瞬何が起きているのかわからなかった。
だが、頭上から放たれた言葉で頭が覚醒する。
「お主、何しとるんじゃ?」
完全に呆れた声だった。
首だけ視線を向けると、額に手を当てて大きなため息をついているソフィアと目があう。
「……ごしゅ、じん……」
「にゃふ」
アリシアにまで呆れた表情をされてしまう。
ってかスノー、お前アリシアのところにいたのか。
どうりで気配がしないと思った。
「今何時」
「何時というか、もう昼前じゃぞ」
「……ごはん……」
ソフィアとアリシアはひたいの汗を拭いそう答える。
俺は昨日建築した風呂場へ視線が向いた。
ほぼ完成していた。
「……え」
思わず変な声が出る。
もしかしなくても、早朝から作業を行なって、一区切りついた感じの雰囲気だった。
て事は、朝、放置されてた?
ひどくない?
夜遅くまで作業させて、朝は放置だなんて、ブラック企業だ!
「ほれ、さっさと起き上がらんかい。カイトも飯にするじゃろ?」
「……ごしゅ、じん……おきな、かった」
「あー、なるほど」
どうやら起こそうとはしてくれたらしい。
ソフィアは分からんが。
でもアリシアは優しい!
俺は無意識にアリシアの頭を撫でる。
撫でてからしまったと思った。
「……!」
「おっと」
アリシアは撫でられた事に驚いたのか、ソフィアの背に隠れる。
「わ、悪い。今のはその、つい……」
「カイトよ、嫌がる事はしちゃいかんの」
「うぐっ、」
ソフィアに指摘されて、心に刺さる。
「いや、なんかこう……褒める流れっていうか」
「言い訳が雑じゃなぁ……」
ソフィアは呆れた表情でそう言う。
ぐうの音も出ない。
俺が頭を掻いていると、ソフィアの背後からアリシアがそっと顔を覗かせた。
「……」
フリフリと丸い尻尾が揺れ、羊耳が反応する。
逃げちまうかと思ったが、逃げないでいてくれる。
反応する耳を押さえながらモジモジとこちらを見ている姿は、嫌がっていると言うより照れている様に感じる。
……もしかして、嫌だった訳じゃない、のか?
「……チョロすぎじゃ」
「え、何がだ」
ソフィアは白い目で俺を見ながら食堂へ歩き始める。
「ほれ、飯にするんじゃろ、アリシアも行くぞい」
「……は、い」
ソフィアに促され、後について食堂へついていくアリシア。
え、俺は放置? なんか最近のソフィア、俺への態度が雑じゃねえか。
まあ、良いんだけどよ。
「にゃ!」
そしてスノーもアリシアの頭に座り、俺へ片手を上げる。
っく、スノーまで俺を雑に扱うのかっ。
拗ねてやろうか、おい。
「ほれ! カイトはいつまで地面と接吻しとるんじゃ、はよう来い!」
「っく」
なんだかソフィアに上手い様に手のひらで転がされている様で釈然としないが、流石にずっと地面とキスするのも不本意だ。
俺は頑張って立ち上がる事にした。
「ぐ、お……っ」
正直に言うと、身体中が筋肉痛で悲鳴を上げていた。
さっさと起き上がらなかったのも、そのせいである。
なぜ今になってきたのか分からないが、ステータス表記に『大幅なレベルアップの反動により肉体の再構築が開始されました。修復が完了するまで、軽度〜中度の痛みが発生します』と原因を鑑定眼が教えてくれた。
「当然じゃ、昨日、阿呆ほど無茶したじゃろが」
「無茶というか、運動不足なだけだと思うが……」
「運動不足て……お主やっぱり馬鹿なんじゃな」
「ひでえなオイ」
「……ごしゅじん……いた、い?」
「はは、少しだけだ。ありがとな、心配してくれて」
「……ぁ」
「__あ」
しまった。また撫でてしまった。
アリシアは震えながらこちらを見上げている。
震えているが、やはり少し照れ気味な気が……。
「ひぅ……っ」
と思ったが、結局逃げられてしまった。
食堂まで走っていくアリシア。
俺は謝るため慌てて追いかける。
「わ、悪い、アリシア」
「ひゃぁ……!」
ど、どうしよう。
謝りたくて追いかけるけど、逆効果な気がする。
アリシアは、てててっ、とテーブルの周りをかけ俺から逃げる。
こういう時どうすれば良いんだ。
最後にアリシアはソフィアの背後に隠れた。
「学習せんのお主……」
「面目ねえ……」
ごもっともな事を言われて、俺は首を垂れた。
◇
その後、昼食を食べ終えた俺は、軽く水で体を洗い流し、今日の探索の準備を始める。
実は、今日の探索は俺一人でやる事になっている。
ソフィアに洞窟まで『氷結石』を取ってきて欲しいと頼まれたからだ。
以前話した食糧庫を冷やす為、数が必要らしい。
一緒に来ないのかと尋ねたら。
「風呂の建築で忙しいんじゃ、じゃから洞窟まではお主一人で行ってくれぃ」
そう言われ、断られてしまった。
どうやら職人魂に火が付いているらしい。
まあ、ここまで来たら俺も完成した風呂に入りたい。
帰ってからの楽しみに出来るしな。
因みに、アリシアはお留守番だ。
流石に危険な洞窟へ連れていくのは俺も反対だからだ。
決して二人きりは無理だと目で訴えられたとかでは無い。
「さて、洞窟か……あんま行きたくねえが、そんなことも言ってらんねえか」
『次元収納』から『鋼鉄剣』を取り出し、ソフィア手製の腰の納刀ベルトへと差した。
拠点の扉を開き、村へと出る。
するとそこで、小さな声に引き留められた。
「……ごしゅじん」
「ん?」
振り返ると、玄関口のところで、アリシアがこちらを見ていた。
少しだけ迷うように視線を揺らした後、小さな口をひらく。
「……きを、つけて……」
小さな声だった。
不安なのだろう、羊耳が垂れている。
「大丈夫だ、すぐ戻るから」
そう言って彼女の頭を撫でる。
今度は逃げない確信があった。
「……うん、やくそく……」
そう言って、アリシアがおずおずと人差し指を差し出してくる。
なんとなく意味を察し、俺も指を出す。
指先同士が、こつりと触れた。
「……やくそく」
「ああ、約束だ」
そう返すと、アリシアが、少しだけ嬉しそうに笑った。
良かった。
ようやく、ちゃんと笑ってくれるようになったみたいだ。
俺は軽く手を振り、拠点を後にする。
「暗くならん内に帰って来るんじゃぞ」
背後からソフィアの声が飛んできた。
「ああ、分かった」
俺は苦笑しながら、洞窟へ向かって歩き出した。




