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十七話「新しい剣と小さな役目」


 __カンッ、カンッ。


 朝焼け前の静かな村へ、甲高い金属音が響いていた。

 まだ薄暗い空。

 拠点と繋がるように拠点裏に増設された鍛冶場では、炉の火だけが赤く揺れている。


「……ふむ」


 小柄な背中が唸った。

 炉から取り出した赤熱した金属へ、迷いなく槌を振り下ろす。

 火花が散る度、赤茶色の髪が揺れる。

 細腕とは思えない重い一撃だった。


「硬いの……じゃが悪くない」


 視線の先、木箱へ雑多に積まれた鉱石の山があった。

 以前、カイトが大量に持ち帰った素材だ。

 魔物素材や鉄鉱石らしき物が混ざった素材の山。


 その中から昨晩偶然見つけた、赤鉄色の鉱石。

 表面に薄く赤い筋が走る。


「……まさか、魔鉄鋼石が混ざっとるとはの」


 普通なら鉱山では手に入れる事ができない代物だ。

 この『魔鉄鉱石』は鉱石を食う魔物が体内で何年も熟成させて生成する鉱石。

 魔物のいる限定的な洞窟でないと見つける事はできない。

 そう簡単に手に入る代物じゃないのだ。


「あやつ、どこで拾ってきたんじゃ……」


 呟きは誰にも届かない。

 本人は「素材の山に入ってた」としか言わないのだ。


 まあ良い。

 職人にとって重要なのは由来より素材。

 炉へ視線を戻す。


「流石に戦力であるカイトが素手のままは、わしも不安じゃしの」


 前の鉄剣は砕けてしまった。


 理由は単純でカイトが無茶をした。

 堅木樹を無理矢理倒そうとして剣が負けたのだ。

 なら今度は折れぬ物を作ればいい。


「……一本は鋼鉄剣、もう一つは魔鉄綱剣」


 そう呟きながらソフィアは槌を振る。


「そして、素材用に魔鉄戦斧じゃ!」


 ソフィアの声に呼応するように、ゴォ、と炉が唸った。



 ◇



「……なんかいい匂いがするな」


 食堂へ入った瞬間、鼻先へ香ばしい匂いが届く。

 兎肉を焼く匂いだ。

 机には干し肉と薬草茶。


「お主、やはり服が酷いの」


 食堂へ入ってきた俺に対して、ソフィアの一言が突き刺さる。

 彼女は、焼き上がった兎肉の木皿を持っている。

 どうやらこの食事はソフィアが用意してくれた物らしい。


「……そうか?」


 指摘されたので、自分の姿を俯瞰で見る。

 裂け目、擦れ、焦げ跡、確かに酷かった。


「戦闘して採取して寝てを繰り返した結果じゃな」

「まだ全然着れるけどな……」


 ソフィアの指摘はごもっともだが、現場作業でも溶接や荷上げで服をボロボロにしていたのでそこまで気にならない。


「そしてアリシアも、じゃ」


 ソフィアの言葉に、遠くで小さく座る羊耳少女もびくっと肩を揺らす。


 視線を向ければ、こちらはもっと酷い。

 袖は擦り切れ、裾も破れている。

 身体に合わない大きさ、痩せた腕。

 たぶん、俺と同じくずっと同じ服を着ていたんだろう。


「……っ」


 見られた事に気づいたのか、少女が隠す様に服の端を握る。


「二人とも、そんなボロじゃ、冬は寒くて仕方ないぞい」


 ソフィアが言う。

 少女は縮こまって黙る。


「服って作れんのか?」

「素材があればの」


 即答だった。


「眠羊の毛なら保温性も高い。糸にもなる」

「あー……」


 俺は昨日の光景を思い出す。

 あいつら、近づくだけで逃げるんだよなぁ。


「どうするか」


 俺は思案するが、ソフィアの視線が少女へ向いたので、俺も習い視線を向けた。


「……協力してくれるかの?」

「……ぇ」

眠羊(スリープシープ)じゃ。お主なら警戒されんじゃろ」


 少女の耳が揺れた。


 数秒、迷うアリシア。

 だが、__こくりと小さく頷いた。


「……やって、みます」


 嬉しかった。

 協力してくれる事に。



 ◇



「ほれ」


 昼前、筋トレをしていると、火事場から戻ってきたソフィアがアリシアへ何かを手渡す。

 銀色の小さな工具。


「……?」

「毛刈り鋏じゃ」


 ソフィアの言葉に羊耳がぴくっと動く。

 握りやすい、両手サイズ。


「眠羊を傷付けんよう、先端は丸めてある」


 壊れ物を扱うみたいに、少女は恐る恐る受け取った。


「……わたし、の?」

「貸すだけじゃ。壊すなよ?」


 貸すだけと言っているが、どう見てもアリシアの為に作ったのがわかる。

 優しい声音でバレバレだ。


 アリシアは、受け取った銀の鋏を、小さく胸元へ抱えた。

 少し嬉しそうだった。

 正直羨ましい。


 そんな感想を抱いていると、今度は俺へ話しかけるソフィア。

 さっきから気になっていたが、背にでかい包みを三つ背負っている。


「カイト、お主はこっちじゃ」


 ソフィアが布包みを投げて寄越した。


「うおっ!?」


 慌てて受け取る。

 ずしりと重い。

 布を開くと中から現れたのは、一本の剣だった。

 銀灰色の鞘。

 無駄の無い片刃。

 前の鉄剣より幅があり、厚い。


鋼鉄剣(アイゼンシュタール)じゃ」


 ソフィアが腕を組む。


「前より数段丈夫。普通なら簡単に折れん」

「……おお」


 思わず声が漏れた。

 試しに握ってみると、重心が丁度良かった。

 変な違和感が無い、すんなりと手に馴染む。


「あと、こっちもじゃ」


 もう一本手渡される。


 黒い鞘に簡素だが装飾が施された剣だ。

 抜いた瞬間、刃へ赤い筋が淡く走った。


「……これ」

「わしも初めて打った。名は魔鉄鋼剣(ツァウバーアイゼン)じゃ」


 ソフィアが少しだけ得意げになる。


「魔力伝導が良い。お主の身体強化とも相性が良いはずじゃ」


 空気が変わる。

 鋼鉄剣より重い。

 でも妙に手へ吸い付く。


「あと斧」

「おい待て情報量」


 ごとり。

 机へ置かれた重圧な布包み。

 布を取ってみると、鈍い光を放つ黒鉄の斧だった。


「堅木樹切るんじゃろ?」

「……」

「風呂欲しい言うたのお主じゃ」


 確かに言った。

 俺は三つを見下ろす。

 素人目に見ても、どれも完成度の高い品だ。


「……ありがとな」


 俺は自然と感謝の言葉が出る。

 普段使いに鋼鉄剣を選び、後は『次元収納』へ送った。


「未来への投資じゃ。カイトと居れば、わしの夢も叶いそうなのでな」

「夢?」

「それはおいおい話すわい」


 意味深な事を言って、ソフィアは食器を調理場へと片付けていく。

 聞き返そうとも思ったが、水で食汚れを洗い流す音が聞こえたのでやめた。


 俺は手元の剣へ視線を落とす。

 煌めく鋼の光沢。

 洗練された刀身に、アクセントの装飾。

 剣本体も、鞘も逸品だ。


 この世界に来てようやく、まともな装備を手にする事が出来た。

 現場帰り、スマホのゲーム画面を眺めていた頃を思い出す。


「……まさか、自分で持つ日が来るなんてな」

「何を一人でぶつぶつ呟いとるんじゃ?」


 皿洗いをしているソフィアから突っ込まれる。


「んにゃ、何でもねえ」


 俺は苦笑して残りの『鋼鉄剣』を『次元収納』へと仕舞った。



 ◇



 新しい装備を手にした俺たちは、早速、アリシアと出会ったあの平原盆地へとやってきていた。

 眠羊たちは、不思議なくらい素直にアリシアによって毛を刈られている。


「……じっと、して……」


 小さな手で一生懸命に毛を刈るアリシア。

 鋏の動きはぎこちない。

 でも眠羊は逃げなかった。

 それどころか、アリシアの隣へ座り、頭を擦り寄せている。


「……すげえな」


 思わず呟く俺。


「当たり前じゃろ。元々羊人族は世話役じゃ」


 ソフィアが言う。

 アリシアは聞こえたのか、少しだけ嬉しそうに耳を揺らした。


 暫くして、眠羊の毛を抱えたアリシアが、俺たちの後ろへ小走りで近づいてくる。

 腕いっぱいの白い羊毛。

 半分ほど顔が埋もれていた。


「……おも、い……」


「持つか?」

「……だ、だいじょぶ……」


 断る声は小さい。

 けれども、前みたいな怯えではなく、少しだけ意地が混ざっているように聞こえた。

 少しだけ慣れてくれたと思いたい。

 アリシアから眠羊の羊毛を受け取り、『次元収納』へ仕舞うと、俺たちは盆地を後にした。


 次に向かうは森だ。

 盆地を抜け、平原を駆け、丘を下り、塔を横目に過ぎ去ると、視界の先には見慣れた黒い褐色の巨木が見えてくる。

 前回、鉄剣でぶっ叩き、引き分けた相手だ。

 俺は、『次元収納』から『黒鉄の斧』を取り出し、肩へと担いだ。

 重量が肩へのしかかる。

 でも不思議と頼もしかった。

 こいつと一緒なら斬れないものはないと、そう思う。


「……よし」

「にゃん」


 スノーがアリシアの肩から、俺の肩へと飛び移る。


「あ、」

「今度は無茶して武器を壊すでないぞ」


 スノーが俺の肩へ移動したので、名残惜しい表情を浮かべるアリシアと、今度は武器を壊すなと念押しをしてくるソフィア。


「善処する。それと、スノー。あぶねえからアリシアの所に行ってくれ」

「にゃ」


 俺は一人と一匹にそう伝え、斧を大きく振りかぶった。

 さあ、風呂の材料を刈りまくるぞ。


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