十四話「眠り羊」
翌朝、目を覚ました俺は、しばらく天井を見上げたまま固まっていた。
「……柔らかい」
身体が痛くない。
藁へ直接寝転がっていた頃とは違う。
背中へ板の硬さが突き上げてくる事もなく、妙に身体が軽かった。
昨夜ソフィアが作った木製ベッド。
簡素な作りではあるが、文明の力を全力で感じる。
「ベッドって偉大だな……」
「にゃ……」
腹の上では、スノーが丸くなったまま眠そうに尻尾を揺らしていた。
完全に定位置である。
「だからそこ、お前の寝床じゃないんだけどな」
「にゃふ」
まるで気にしていない返事だった。
苦笑しながらスノーを持ち上げ、ゆっくり身体を起こす。
そこで違和感に気付く。
「……ん?」
静かだった。
いつもの隙間風が無い。
床板の軋みも聞こえない。
視線を巡らせる。
窓枠、高級感漂わせる黒褐色の柱。
壁際へ綺麗に並んだ棚。
そして、見覚えの無い木製階段。
「…………は?」
階段? 俺の拠点て一階建てだったよな?
慌てて外へ出る。
朝日が差し込む中、目の前の光景を見て言葉を失った。
「……マジかよ」
昨日までのよろず屋跡じゃない。
黒褐色で統一された外壁、増築された二階部分。
屋根裏へ続くらしい換気窓。
高さだけなら、前世で見た三階建てに近かった。
廃墟感は完全に消えている。
そこにあったのは立派な拠点だった。
「ふむ、まずまずじゃな」
呑気な声に振り返る。
煤だらけの顔をしたソフィアが腕を組んでいた。
「これでまずまず……って、そうじゃない」
思わず額を軽く叩く。
「いたっ!?」
「徹夜すんなって言っただろ」
「だ、だって止まらんかったんじゃもん……」
「子供かお前は」
頬を押さえながら、ソフィアはむすっとする。
「職人は勢いが大事なんじゃ」
「身体壊したら元も子もねぇだろ」
「むぅ……」
反省してるのか怪しい顔だった。
そんなソフィアは咳払いを一つすると、急に得意げな顔になる。
「……まあ良い。見せてやるぞい」
「見せる?」
「完成した部分じゃ」
案内されるまま中へ入る。
一階部分はかなり広くなっていた。
壁際には棚、収納用らしい木箱、作業台。
そして奥。
「ここが鍛冶場予定地じゃ」
「予定地って……もうほぼ出来てないか?」
広い空間だった。
場所的には拠点の裏手に作ってある。
床は石材で補強され、熱に強そうな黒い岩が積まれている。
「骨組みだけじゃ。炉はまだ未完成じゃ」
ソフィアは腕を組む。
「ミスリル扱うなら、中途半端な設備じゃ駄目じゃからな」
「そんな難しいのか?」
「鉄や鋼なら、この未完炉でも十分じゃが、ミスリルを打つとなると、この炉では強度や温度が足りん」
なるほど。
ゲームみたいに『鍛冶屋で作成』とはいかないらしい。
「大量の耐熱石材、炭、煙道……あと特殊鉱石もいる。必要な物は山ほどあるぞい」
「じゃあ、飯食ったら素材集めだな」
「そういう事じゃ」
ソフィアが頷く。
と、まだ話す事があるのかついてくる様に指示される。
「あと、こっちじゃ」
今度は小部屋へ案内される。
扉を開いた瞬間。
ひやり、と空気が冷たかった。
「……寒っ」
思わず腕を擦る。
壁際へ埋め込まれた淡青色の鉱石が、ぼんやり光っていた。
「これ……」
「冷却室じゃ、素材鉱石の中にたまたま『氷結石』があったんでな、作る事ができたわい」
ソフィアが少し得意げに言う。
「これ結構良いもんじゃな! 酒とか置いてみたい!」
そういやドワーフは大酒飲みだった。
「食料保管庫は別に作れよ…そこはあくまで身体を冷やす場所だ。酒なんて持ち込んだら作業に集中できなくなるだろ」
「うぐ、もっともな事を言いおって!」
「酒を冷やすのが目的じゃ無いからな。お前の体調を考慮して考えたんだ」
「ぐぅー…そう言われたら従わざるを得ん、じゃあ、食糧庫は別に作るとするかの」
「ああ、そうしろ」
「となると、この拠点以外に別の建屋を作る必要があるの」
確かにそうだ。
食糧庫もそうだが、風呂場に宝物庫なんかも作りたい。
「それと、今言った食糧庫を作るなら『氷結石』が足らん。わしが通ったあの洞窟で拾ってくる必要があるぞい」
「その洞窟って女王が居た、あの洞窟だよな。死にかけたから、あんま行きたくねえんだよな」
「女王? 女王が何かは知らんが、洞窟で素材を採ってこんと、ミスリルが打てんぞ…」
俺の女王という言葉に一瞬首を傾げるソフィア。
っと、やべえ女王のことは洞窟崩落の件で秘密にしておきたいんだった。
「何でもねえ、……そうだな、鉄鉱石か銀鉱石なんかで作る事はできねえのか?」
「ミスリルの剣じゃなくても良いのか?」
「ああ、そこは使えればなんでもいい」
「人族は見栄を張りたい人種じゃのに、カイトは違うんじゃな」
「あれば嬉しいけどな」
「よし、分かったでは剣は儂がなんとかしよう。今ある鉱石でなんとかなるじゃろ」
「お、助かる」
「とりあえず後でも良いかの?」
「ああ、全然構わねえ」
ソフィアの武器か。
少し楽しみだ。
次に、連れられて来られたのは食堂だった。
かなり広く、壁には鍛冶場と繋がる連絡窓がある。
「お主の案を採用した。便利そうじゃったからの」
そう言って円窓をスライドさせる。
これで、鍛冶場側からでも料理を受け取れる。
何だか、自分の言った事が形になっているのを見て、不思議な気分になった。
家を作る建築士はこんな気持ちなのだろうか。
「……ありがとな」
思わず漏れた。するとソフィアは目を丸くした。
「何じゃ急に」
「いや。ちゃんと作ってくれたんだなって」
「当然じゃろ。儂も住みやすいならその方が良い」
◇
その後、朝食を食べ、支度を整えた俺たちは拠点を出る。
剣は打つのに時間が掛かるらしいので帰った後のお楽しみだ。
「今日は森じゃないんだな」
外の風景を見上げながら前を歩くソフィアに尋ねる。
「今日は丘陵側じゃ。布と糸が欲しくての」
「布?」
「寝具も服も作るのに必要じゃろ。消耗品じゃからな」
なるほど確かにそうだ。
カーテンなんか確かに欲しい。
今後人が増えるなら、余計に必要になるだろう。
「お主の服もかなり消耗してる様だしの」
「確かに」
女王戦に巨猪戦で、かなり無茶したからな。
「それと、ついでに食えるなら肉も確保じゃな」
「角兎の肉なら十分に材料があるぞ?」
「兎の肉もよいが、鳥や豚の肉も食いたいんじゃよ」
「ああ、なるほどな。焼き鳥とか酒の肴に最高だもんな」
「炙った肉と酒は合うからの!」
俺がそう伝えると、目を輝かせて相槌を打つソフィア。
やはり酒飲みにつまみは欠かせない様だ。
俺も酒とつまみは好きなので異論はない。
「というわけで、今日は山道を下っていくぞい」
「山道っていうと洞窟から北東へ行った場所か」
「そうじゃ」
話をしながら歩いていると、足元は徐々に土道へ変わっていく。
生い茂る草が、少しずつ減っていき山岳地帯が見えてきた。
左前方にはソフィアと出会った森と女王戦を繰り広げた『忘れ去られた鉱洞』がある。
俺はそれを横目で見ながら、しばらく歩く。
すると草木特有の湿った匂いが薄れ、乾いた風が頬を撫でた。
「……景色変わってきたな」
「丘陵、山岳地帯じゃからの。この先は開けとるぞ」
緩やかな坂を登る途中、ふと視界の端へ白い影が映った。
丘の向こうに空まで届く巨大な白塔。
一度だけ足を踏み入れた事のある『不可視の塔』だ。
思わず足が止まる。
「……リベンジはいつになるやら」
「にゃ……」
ぽつりと漏れる様に呟くと肩のスノーが同意する様に鳴く。
すると俺の呟きが聞こえたのかソフィアが反応した。
「ん? 何の話じゃ?」
俺は遠くを指差し説明する。
「あの塔だよ」
「……塔?」
ソフィアは目を細めた後、数秒沈黙する。
どうしたのだろう、首を傾げている。
「どれじゃ?」
「は?」
「いや、じゃから、何も無いではないか」
一瞬、言葉を失う。
もしかしてソフィアには見えていないのだろうか?
俺には見えている、あの巨塔が。
「……見えねぇのか?」
「お主こそ何を言っとる」
不思議そうな顔だった。
「丘しか見えんぞ」
「…………」
やはり見えていない様だ。
ここで説明しても見えていないんじゃしょうがない。
証明するのも骨が折れる。
「……いや、何でもねえ」
「……?」
俺は気持ちを切り替え、先に進むことにする。
謎が残るがこれに関しては仕方ない。
そこからまた歩く。
見えてくるのは、以前塔の側から見た景色、『盆地の集落跡』だ。
盆地には廃墟となった建物が点々とある。
建物と建物の間はかなり広い。
浅い盆地に平原、土の地面が広がっていた。
緩やかな斜面を囲むように草原が続き、風へ揺れる白い穂が波打っている。
そして当然だが、森より明るい。
静かで、どこか穏やかな景色だった。
長閑と言った方がいいだろうか。
盆地の一角では、白い綿みたいな何かが跳ねていた。
草に揺られ、寝ている個体もいる。
「……あれか?」
「そうじゃ、眠羊と言う」
俺の言葉にソフィアが頷く。
丸い体に短い脚、垂れた耳、そしてモコモコの白い毛玉みたいな魔物がぽてぽて歩いている。
見た目だけなら羊というよりデカい毛玉だ。
「……魔物?」
「魔物じゃな」
「弱そうだな」
「実際弱い」
ソフィアが腕を組む。
「じゃが臆病じゃ。人を見るとすぐ逃げる」
「いろんな魔物がいるんだな」
そんな感想を呟いていると、一匹の眠り羊がこちらへ気付いた。
「めぇ……?」
数秒見つめ合う。
「めぇぇぇっ!?」
気付けば、全力疾走で逃げられていた。
「うおっ、速っ!?」
「言ったじゃろ」
見た目と違い足だけ異様に速い。
周囲の羊も連鎖するように逃げ始める。
白い群れが草原を駆けた。
「待て待て待て!」
反射的に追いかける。
「阿呆! 散るじゃろうが!」
ソフィアの怒声が響く、だが遅かった。
群れは完全に散開した。
「…………」
「…………」
沈黙が痛い。
「……初心者かお主」
「すみませんでした」
即謝罪した。
マジで臆病という言葉がピッタリな魔物だった。
ソフィアは額を押さえる。
「眠羊は眠り袋や毛布に使う毛が取れる。肉も旨い。じゃが数が減っとる」
「減ってる?」
「昔、人族が狩り過ぎた」
少し声が低い。視線もどこか棘があるように見える。
存外にお主たち人族のせいだぞと、視線が言っているようだ。
「昔は逃げんかった。温和で反撃もせんからな…」
「……そういう事か」
そこに目をつけられたって事か。
「わしら亜人や魔族は基本、温和な魔物とは共存関係を選ぶ。じゃが人族は違うようじゃ」
「なんかすまん」
「お主が謝る事ではない。ここ数日でお主の人柄も少しは分かってきたからの。じゃがな、やはり思うところはある。すまんの」
「それこそ、ソフィアが謝る事じゃねえさ…」
俺と同じ人族が原因で数が減ったんじゃな…そう言う目で見られても仕方ねえ。
「………」
只、今の話を聞いて、狩るのに躊躇いが生まれた。
どうする。
布の材料になりそうな、あの毛皮は欲しい。
強行突破する事はできるだろう。
本気を出せば一、二体は楽に狩れそうだ。
でもそれはしたくない。
俺は解決策が見つからず、ぼんやりと、逃げた群れを眺める事しか出来なかった。
ソフィアも俺の次の行動を見定めているのか、行動に移さない。
そんな時だった。
草むらの陰に、モコモコの毛皮がはみ出しているのが見える。
一匹だけ遅れたのだろうか?
「子供か?」
俺は慎重に近付く。
倒さないまでも、毛皮を拝借させて貰えば良いのだ。
だから捕獲すれば良いと考えた。
足音を立てずに進む。
だが、姿を捉えた時、眠羊じゃないことに気付いた。
白い髪にふわりとした羊耳。
そこには小柄な少女が身を縮めていた。




