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十三話「ドワーフの技量」


 素材集めも終わり、俺たちは廃村へ戻ってくる。

 目慣れた風景が見えてきた為か、スノーが小さく鳴く。

 夕方の空気は昼間より少し冷え始めていて、崩れた家屋の隙間を風が通り抜ける度に、どこかの屋根板がカタカタと鳴っていた。


 さあ、いよいよ開拓の始まりだ。

 よろず屋跡地の前に立ったソフィアは腕を組みながら、辺りをぐるりと見回した。


「よーし、やるかの。腕が鳴るわい!」


 口元が微妙に緩んでいる。

 完全に待ちきれていない顔だった。


「カイトや」

「ん?」


 そう言って手を差し出してくる。


「木材じゃ」

「ああ、そういう意味か」


 俺は『次元収納』へ意識を向けた。

 空間が僅かに揺らぐ。

 次の瞬間、『堅木樹』から切り出した、加工済みの木材が次々と姿を現した。

 長く切り揃えられた柱材、厚みのある板材、補強用に削り出した角材。

 一本の巨木から取れたとは思えない量の資材が、石畳の上へ積み上がっていく。

 落ちる度に足元が僅かに震え、気付けば広場の一角には木材の山が出来上がっていた。

 黒褐色の木肌には金属にも似た鈍い光沢が走っている。

 ただ積まれているだけなのに妙な存在感があった。

 前世で見た建築現場の資材置き場みたいだ。


「……おおぉ……」


 隣から小さな声が聞こえた。

 見ると、ソフィアが目を丸くしている。

 いや、丸くしているというより、完全に輝いていた。


「嬉しそうだな」


 話しかけたが返事は無い。

 余程嬉しいらしい。

 ソフィアは木材へ一直線に駆け寄ると、四方八方から確認した。

 手が止まらない。

 表面を指先でなぞったかと思えば、今度は軽く叩き、角度を変えながら木目をじっと見ている。


「節が少く、木目も綺麗じゃ……しかも繊維が真っ直ぐ通っとる」


 その横顔は真剣そのもの。

 好きな物を前にした人間って、多分こういう顔をするんだろう。

 正直、俺には違いがよく分からない。

 全部ただの木材にしか見えないがソフィアには違うらしい。

 しばらく無言で木材を眺めていたソフィアが、ゆっくり立ち上がった。

 そして、こちらを振り返る。


「これだけあれば、考えてる所まではいきそうじゃ!」

「材料は足りるか?」

「十分じゃ!」


 俺の言葉に頷き、勢いよく木材を叩く。


「職人が三日寝なくても喜ぶ量じゃよ!」

「怖いこと言うなよ。徹夜はダメだかんな」

「一徹もダメかの?」

「ダメだ。夜はなるべく静かに過ごしたい。魔物が集まってきたら困んだろ?」


 そう伝えると、ソフィアはしゅんとした表情になった。


「それはそうじゃが、でも少しくらいええじゃろ?」

「ダメだ。それに夜更かしは肌に悪いんだぞ? だから夜は寝ろ」

「ちぇ、わかったわい」


 思わずツッコむと、ソフィアは拗ねるように鼻を鳴らした。

 そして戦鎚を肩へ担ぐ。


「さて、行くぞい!」


 その合図と共に、床板が宙を舞った。

 木片と埃が一気に吹き上がり、視界が茶色く染まる。


「うおっ!? お、おい!?」

「腐っとる部分を剥がしとるんじゃ!」


 戦鎚を振り上げながら説明してくる。

 音がやべぇ、まるで斫り屋の削り機の様だ。


「もっと静かに出来ないのか!?」

「出来るぞ」

「ならそうしてくれ! スノーがびっくりしてる!」

「なんじゃと? じゃが断る!」

「最悪だこの親方!」


 余程建築するのが好きなのか、周りが見えてない。

 堪らずスノーが飛び退き、前方にある建屋の屋根に登った。


「どんどん行くぞい!」


 戦鎚が再び振り下ろされる。

 その光景は凄いとしか言いようがない。

 砕いているのは腐った床板だけだ。

 使える柱や壁には傷一つ入っていない。

 豪快なのに妙に繊細だった。

 だが、騒音が酷いので、スノーが煩わしそうにみている。


「にゃあ……」


 若干引いていた。

 そんなスノーの反応などお構い無しに、戦槌を振るうソフィア。

 しかし本当に凄い。


「豪快なのに繊細な仕事するんだな」


 思わず呟く。

 だって目の前の光景はどう見ても神匠の域だ。

 あんなの人にできる技じゃない。


「ドワーフならこれくらい普通じゃぞ?」

「そ、そうなのか?」


 俺が尋ねると、何を当たり前の事を、そんな表情で説明してくる。


「鍛治も建築も生活技術じゃ。人族の女性が家事をするのとそう変わらん」

「マジかよ」

「家も作れんドワーフなど半人前以下じゃ」

「き、厳しいんだなドワーフ社会」


 俺の呟きに一度視線を向けるソフィアだったが、やはりドワーフの中では常識の様で作業へと戻っていく。

 気付けばすでに壁板が取り付けられていた。

 傾いていた柱取り除かれ、真新しい黒柱が建っている。

 隙間風が吹いていた箇所も綺麗になっており、精密ながらもスピードの速さに驚かされる。


「カイト!」

「え、あ?」

「その木材!」

「こ、これか?」

「違う! そっちの長い方じゃ!」

「わ、分かった」


 不意にソフィアに指示され、慌てて木材を渡しに行く。


「全く、何をボケっとしとるんじゃ? お主の拠点じゃろ? ちゃっちゃと手伝わんかい」

「あ、ああ、悪い」

「次はそっちの壁板じゃ!」

「これだな」

「次は黒褐色が強い板!」

「ど、どれだ?」


 俺にはどれも同じ様にしか見えない。


「左から三列目のやつじゃ!」

「こ、こいつか!」


 妙に懐かしかった。

 前世でもこんな風に親方に怒鳴られていた。


『それじゃねぇ!』

『先にそっち持ってこい!』

『段取り考えろ!』


 毎日のように飛んでいた怒声。

 世界が変わっても、職人ってのは同じらしい。

 ソフィアは受け取った木材を地面へ置くと、腰に差していた小さな鉈を抜いた。

 刃先が木材の端へ当てられ、細かな木屑が削り落ちていく。

 何をしているのか最初は分からなかった。

 だが次第に気付く。

 木材の先端が少しずつ細く削られていた。


「……差し込むのか?」


 ソフィアは手を止めずに答える。


「柱へ噛み合わせるんじゃ。釘なんぞ使わなくても、ちゃんと組めば動かん」

「………」


 黙って作業を見守る。

 ソフィアは削り終えた木材を柱へ当て、軽く叩いた。

 カチッ、と気持ちの良い音がした後、木材同士が連結する。

 滑らかだった、引っかかる部分もない。


「さて次じゃ」


 流れる様に次の工程へ移る。

 木材へ手を伸ばしたソフィアは、戦鎚で壊し、削り、組み、また叩く。

 動きに迷いがない。

 まるで頭の中に完成図が最初からあるみたいだった。

 その後、ソフィアは満足そうに頷くと、ぱんっと両手についた木屑を払った。


「……窓だ」

「当たり前じゃ」


 ソフィアは顔も上げず答える。

 ただの窓では無い。

 俺もよく知る引き戸タイプだ。

 試しにスライドさせてみる。

 かなりスムーズだった。

 しかも四方枠じゃなく円枠だ。

 凄い技術が試されるタイプの窓枠である。

 曲線は誤魔化しが効かない。

 僅かでも狂えば閉まらなくなる。


「すげえ…」

「今度はあっちの部屋じゃ」


 そう言いながら他の部屋へ行くソフィアは、新しく窓枠用の木材を削っていく。

 驚いたのは窓を作った方法だ。

 物差しも図面も見ずに、感覚だけで作っているのだ。

 今も作り終えた木材を寸分狂わず繋ぎ合わせていく。

 前世で見た大工でも、ここまで手際が良い奴はそう居なかった。


「……お前、本当に半人前か? どう見ても神匠クラスだろ」

「___!?」


 だが、言われた当の本人は信じられない事を言われた様な形相でギョッとする。


「や、やめえ、手元が狂うじゃろ! 儂の事を神匠なんて呼んだら本物の神匠に埋められてしまうわ!」

「______」


 俺はそんなソフィアの言葉にただ絶句する他なかった。

 マジで? これより上が居るって?


「ほれ」

「え?」


 驚く俺を置き去りに、ソフィアはいつの間にか俺のベットを完成させた。

 流れる様な手際だった。


「仮じゃがな。比較的丈夫な布を見繕って中におがくずを敷き詰めといたわい。前の藁よりは良いじゃろ…試しに横になってみぃ」


 言われたので横になってみる。


「おお! 全然違う!」

「そりゃ良かったの」


 そう言って、俺にベットを作ったソフィアは作業を再開する。

 作ってくれたベットで横になりながら、ソフィアの作業を眺めていたら、次第に眠くなってきた。


「にゃあ」

「スノー………」


 ベットに飛び乗ってきたスノーに反応しようとしたが、もう眠気が限界だった。

 俺はそのまま眠気に身を任せた。


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