夢は、世界を変えますか?
「おはよう、サクラ。今日もいい天気だよ」
婚約破棄を言い渡されて一週間。
サクラは静養先へと移されていた。王都から離れた静かな街。
時折、子供の声が響くけれど、王都のような騒がしさはない。
静かで、まるで時が止まったようにゆっくりと流れる。
「サクラ。少し外に出よう。いいもの見つけたんだ。」
ベッドに座ったままのサクラの手を引く。なんの抵抗もなくサクラは俺の後をついてきた。
サクラの手を引いたまま、庭を抜けた先に探し物は見つかった。
「ほら、あそこだ。」
そこには自生しているのか木苺や野いちごが生えていた。
昔、サクラが王城の奥に生えていた木苺を見つけて一緒に取りに行ったことがある。
甘酸っぱい木苺とその近くに生えていた野いちご。
時々つまみ食いしながらも夢中になって…。
サクラのスカートいっぱいに木苺を摘んで、お付きのメイドを驚かせたな。
摘んだ量にも、泥だらけになった服にも。
「神妙な顔で怒られてたくせに、怒るユージンが目を離した隙に摘んできた木苺をつまみ食いしてるんだもんな。俺の口にも入れてきて『シオンも共犯ね』なんて言ってきて…」
なんの声掛けもしなかったせいで、俺たちを城じゅう探し回ったユージンはそれはもう怒った。
でも、怒られながら摘まんだあの木苺は、甘酸っぱくて。
悪いことをしているはずなのに、頬が上がった。
「せっかくだ、木苺つまみ食いするか」
そう言って小さな木苺を一粒摘まむ。
赤々とした木苺をサクラの口許に寄せ、そのまま口の中へ。
果汁で少し手を汚すが、もう一粒。
今度は俺の口の中に。
ぷちっとした食感のあとに広がる甘酸っぱさ。
その甘酸っぱさはあの頃と変わらなかった。
『シオン、甘酸っぱくて美味しいね。うーん…もう一粒。もう一粒だけ、ね?』
そういって、木苺を摘まむサクラに、ジャムが作れなくなるぞって嗜めたんだっけな。
「でも、やっぱり美味しいよな…。サクラ、もう一粒いるか?」
なんて、返事がないのはわかっているのに訊ねてしまう。
それでも、もう一粒。
そう思うのはあの日の感傷からか。
「さて、今日はネコノメのショートケーキ買ってきたんだ。サクラ、食べたがっていただろ?」
サクラの手を引いて、あらかじめテラスに用意していた席に向かおうとしたら、なにかが足先にあたった気がした。
サクラが怪我するといけないと見回すと、少し先に丸い木苺が転がっていた。
「なんだ、木苺か。」
ただの木苺。
でも、それがなんだかサクラにもう一粒、とねだられているようで。
「『もう一粒だけだからな?』」
もう一度小さな木苺を一粒摘むと、サクラの口許に持っていく。
そのまま、もう一粒。今度は俺の口の中へ。
「…また、一緒に…。」
そのまま言葉は続かなかった。
また、一緒に来よう。
ただそれだけの約束のはずなのに。
それを俺が口にしてもいいのか…。
「…また、一緒に来よう。今度は籠を持って来て、木苺のジャムを作ろう、な?」
サクラの小指に俺の小指をゆっくりと絡める。
「約束だ。さて、ネコノメのショートケーキも食べるだろ?」
テーブルに用意されたのはケーキ。
あの日サクラが食べられなかったネコノメのショートケーキだ。
淡い苺は、食べられるのを待つかのようにクリームの上に乗っていた。
~・~・~・~・~・~・~・~
もう一粒。
そうやってねだれば、仕方ないなぁって優しい顔で笑ってくれた。
その顔が見たくて。
つい、もう一粒。そう繰り返した。
貴方は、私を食いしん坊だと笑ったけど…。
そんな言葉が気にならないくらい、私にはその笑顔の方が見たかっただけだったんだ。




