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ロストカラーシンドローム  作者: 咲良井 あずな
第2章 紫苑は、君を想う
33/37

         .

サクラが目を覚ましたと告げられた時、俺は走っていた。

王子として相応しい振る舞いも、冷静な判断も、すべて、置き去りにして。


白い部屋の扉を開けると、そこにサクラはいた。

起き上がっている。

目を開けている。


――生きている。


その事実だけで、胸の奥が、壊れそうになる。


「……サクラ」

けれど――

そこに、俺の知っている光はなかった。


「……サクラ?」


名を呼ぶ。

返事はない。


視線は合っているはずなのに、俺を見ていない。

いや、何も見ていない。


硝子細工のような瞳。

瞬きひとつせず、ただ、そこに在るだけ。


「……大丈夫だ。ここにいる。俺は、ここだ」


言葉を重ねる。

手を握る。

額に触れる。


体温はある。

呼吸も、鼓動も、確かに感じる。


それなのに、

……違う。


胸の奥が、静かに冷えていく。



感情が、ない。



悲しみも。

恐怖も。

安堵さえも。


「……俺が、分かるか?」


問いかけても、返ってくるのは沈黙だけ。

黒い瞳は、闇を映したまま、何ひとつ揺れない。


彼女はまるで、精巧に作られた人形が、命という“仕組み”だけを与えられたようだった。



糸の切れたマリオネット。



その言葉が、残酷なほどしっくりくる。





「……よかった」

震えた声が、情けない。

違う。

本当に言いたかったのは、そんなことじゃない。


抱きしめたい。泣きたい。名前を呼んで、怒って、縋って――

けれど、サクラは何も求めていなかった。


『幸せです』

そう言われた時と、同じだ。


拒絶でもなく、諦めでもなく、ただ、閉じられた世界。

俺は、その世界を守るふりをして、ずっと逃げてきた。

今になって、こんな形で向き合うことになるなんて。


「……ごめん」

誰に向けた言葉なのかも、分からない。


サクラは、ただ瞬きをした。

それを見て、理解してしまった。

サクラは、もう戻らないだろうと。


――いいや、違う。


戻らせる覚悟を、俺が持っていなかっただけだ。


俺は、サクラの手を取った。

拒まれないことが、かえって胸を締めつける。


「待っててくれ」

言葉は、祈りのように零れ落ちた。


「必ず取り戻す。お前の色も、笑顔も、全部」

理不尽だと分かっている。

サクラが選んだ静けさを、壊そうとしている。


それでも――それでも、もう離せなかった。


「たとえ、この国が俺を“裏切り者”と呼んでも」


俺はただ、

「      。」


『シオン』と『サクラ』の物語は、ここで一区切りとなりますが、

それでも、世界は続いていきます。


この物語が、

甘くほろ苦い贈り物になっていたら幸いです。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。



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