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サクラが目を覚ましたと告げられた時、俺は走っていた。
王子として相応しい振る舞いも、冷静な判断も、すべて、置き去りにして。
白い部屋の扉を開けると、そこにサクラはいた。
起き上がっている。
目を開けている。
――生きている。
その事実だけで、胸の奥が、壊れそうになる。
「……サクラ」
けれど――
そこに、俺の知っている光はなかった。
「……サクラ?」
名を呼ぶ。
返事はない。
視線は合っているはずなのに、俺を見ていない。
いや、何も見ていない。
硝子細工のような瞳。
瞬きひとつせず、ただ、そこに在るだけ。
「……大丈夫だ。ここにいる。俺は、ここだ」
言葉を重ねる。
手を握る。
額に触れる。
体温はある。
呼吸も、鼓動も、確かに感じる。
それなのに、
……違う。
胸の奥が、静かに冷えていく。
感情が、ない。
悲しみも。
恐怖も。
安堵さえも。
「……俺が、分かるか?」
問いかけても、返ってくるのは沈黙だけ。
黒い瞳は、闇を映したまま、何ひとつ揺れない。
彼女はまるで、精巧に作られた人形が、命という“仕組み”だけを与えられたようだった。
糸の切れたマリオネット。
その言葉が、残酷なほどしっくりくる。
「……よかった」
震えた声が、情けない。
違う。
本当に言いたかったのは、そんなことじゃない。
抱きしめたい。泣きたい。名前を呼んで、怒って、縋って――
けれど、サクラは何も求めていなかった。
『幸せです』
そう言われた時と、同じだ。
拒絶でもなく、諦めでもなく、ただ、閉じられた世界。
俺は、その世界を守るふりをして、ずっと逃げてきた。
今になって、こんな形で向き合うことになるなんて。
「……ごめん」
誰に向けた言葉なのかも、分からない。
サクラは、ただ瞬きをした。
それを見て、理解してしまった。
サクラは、もう戻らないだろうと。
――いいや、違う。
戻らせる覚悟を、俺が持っていなかっただけだ。
俺は、サクラの手を取った。
拒まれないことが、かえって胸を締めつける。
「待っててくれ」
言葉は、祈りのように零れ落ちた。
「必ず取り戻す。お前の色も、笑顔も、全部」
理不尽だと分かっている。
サクラが選んだ静けさを、壊そうとしている。
それでも――それでも、もう離せなかった。
「たとえ、この国が俺を“裏切り者”と呼んでも」
俺はただ、
「 。」
『シオン』と『サクラ』の物語は、ここで一区切りとなりますが、
それでも、世界は続いていきます。
この物語が、
甘くほろ苦い贈り物になっていたら幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




