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ロストカラーシンドローム  作者: 咲良井 あずな
第2章 紫苑は、君を想う
32/37

俺は、幸せだった。


朝、ユージンが軽口を叩きながら学院に向かうのを見送った。

「サクラが喜ぶから」

そう言って“幸せの味”を買いに行ったあいつの背中を、

俺は少し羨ましいと思っていた。


会いに行きたい。


けれど、立場がそれを許さない。

――ただの婚約者として、王子として。

守ることしか許されていない。


全部捨てて、サクラだけを守ることが、できるなら…。


そんな子供じみたことなんて今更言えるわけない。甘い希望を思い浮かべた自分を自嘲する。

けれど、どこか胸の奥に、拭えないざらつきが残っていた。


――嫌な予感。

理由はない。ただ、昨日の夜からずっと胸が騒いでいた。


書類に目を通しながらも、何度もペンを止めては、彼女の顔が浮かぶ。

「おれが王子様なら、君はお姫様だね」

幼い頃に言ったあの言葉を、ふと、思い出す。


あの頃、サクラは世界でいちばん綺麗に笑ってくれた。

あの笑顔をもう一度見たくて、ずっとここまで来たのに。



「ダメだ。」

サクラに会いに行こう。

なぜかそうしなければいけない気がして、急いで学園に向かう。


***


学園につけば、どこか騒しい。

遠くから「人が落ちた!」「誰か!先生呼んでこい!」と怒声が聞こえた。



「何事…リリー嬢」

階段を駆け上がれば、踊り場に倒れ混むリリー嬢と真っ青なサクラ。

あわてて駆け寄り、治癒魔術を使うが、流れる血の量に俺だけでは到底間に合わなさそうだった。


「サクラ!お前の治癒魔術で応急措置は出来ないか!」

本来ならすぐにでもこの場から離してやりたいが、俺の魔力では足りない。

サクラははっとして、治癒魔術をかけ始めるが発動がしないようだ。


「お前は大事な妹を失う気か!」


思わずそう叫んだ瞬間、サクラは糸が切れたように顔を伏せると、そのまま詠唱を始めた。


「『時は遡り、翻る、螺旋の階段を登りて、過去・現在・未来への扉よ、開け』」


それは古代魔術。

莫大な力と引き換えに、願いを叶える。


そんな力を使えば、サクラでさえどうなるか…


「やめろ、サクラ!」

声を張るが、届かない。

サクラの唇は震えながら、別の詠唱を紡いでいた。


「『彼の者の痛みは我が痛み。彼の者の哀しみは我が哀しみ。乞い願わくば、彼の者の苦痛を我が身に移せ』」


詠唱が終わった瞬間、サクラは糸が切れた人形のように崩れ落ちた。


「サクラ!」

その体を抱えた瞬間、凍りつくような冷たさが伝わる。


サクラの目は俺を見ていなかった。

遠く、誰か別の場所を見ていた。


「……ねぇ、シオン様?」

サクラがかすかに微笑む。


「今、私は幸せです。」


その言葉に、呼吸が止まる。


嘘だ。

そんな顔で、そんなに優しく言うな。


もう一度、呼ぼうとした。

けれど、声にならなかった。



サクラの体から力が抜け、俺の腕の中で崩れ落ちる。

真っ黒に潰れたケーキ箱が床に転がり、

白い床に甘い匂いだけが残った。





***


その夜、誰もが泣いていた。

俺だけが、泣けなかった。

泣くよりも先に、胸の奥の何かが静かに壊れていった。



――“幸せの味”。

サクラはそれを食べることなく、眠ったままだ。


触れた頬は冷たいのに、唇だけが、まだ微かに笑っていた。


「ずっとそばにいる」

あの日の誓いが、音もなく崩れ落ちる。





『シオン』の物語は、ここで区切りを迎えますが、

それでも、世界は続いていきます。


この物語が、

春を待つ小さな灯になっていたら幸いです。


最後までお読みいただき、

ありがとうございました。



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