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私はいつもの席に座り、いつものようにパフェとコーヒーを注文した。昼に来ることはこれまでなかったが、いつも無口なマスターは驚いた様子もない。きっとこのマスターは常連のことなどどうでもよいのだろう。

ウェイトレスに注文をしたあと、ふと、いつも彼の居るはずの席に目を移す。どんなに時が経とうとも彼専用の席だということに変わりないが、彼の残り香があるのだろう。そこの窓から、まるで後光のように柔い黄色の光が差していた。今日はその神聖な場所に、五十代くらいの会社員が座っていたが、後光が禿げかかった頭に乱反射しており、余計に眩しかった。

小学生の頃、俊足少年の机に座ると、自身も足が速くなるというようなジンクスがあったが、そんなジンクスみたいなものか。

会社員は似合わずパフェを食べていた。その上に乗っているオレンジが美味しそうに光にさらされていた。まるで窓から光の手が伸びてきていて、オレンジをそっと包んでいるような、そんな優しい雰囲気がした。

「あれ、先輩じゃないですか?」

ふと、声を掛けられた。視界の隅に柔い黄色のカーディガンに爽やかなブラウスを着た女性が顔を覗き込んでいた。美崎という後輩の女子社員だ。ふわっと甘ったるい香水のニオイが鼻先を掠める。

「あぁ、美崎ちゃんもお昼?」

「えぇ! ご一緒していいですか?」

私の了承を得た美崎は私の前ではなく、隣に座った。それにより、彼のあの席が隠れてしまった。

ウェイトレスにナポリタンを頼んだ美崎は、私に向かって聞く。

「先輩はいつもここで?」

濁りのないその眼は、生まれたままの青い目をしていた。パソコンやスマートフォンを使用する現代人は、歳と共に白めの部分が濁っていっているような気がするが、美崎の目はそんなことはなかった。子どもの目のように白目の部分が少し青みがかっていて、生まれたままの純粋な目をしていた。

そんな目に私が直視できるはずもなく、机の上で組んだ美崎の手元らへんを見ていた。美崎は決して派手ではないベビーピンクのネイルを塗っていた。

美崎は男性社員から人気がある。甘ったるいニオイ、色の付いた爪、ブランド物のピンクのバッグ。「オンナ」という全てのモノを装備し、どういう振る舞いをするか、画策する。それがこの美崎であるのだ。

「いえ。いつもは社食で食べているんだけど、たまには違う所で食べようかと思ったの」

ここが行きつけの店だということも言わなかった。

「美崎ちゃんは? いつもお昼はここで食べているっけ?」

「はい。たまに社食も行きますけど、こっちのほうが落ち着いて好きなんです」

それを聞いて私は驚いた。

それぞれ昼の箱と夜の箱を通っていたので顔を合わせなかっただけで、私たちは同じ箱の常連客だったのだ。奇妙な巡りあわせだ。そう思ってから、私は額にじんわりと汗をかくのがわかった。

もし、私がランチタイムに通っていたら、彼の姿は見なかったわけだし、美崎が午後四時に通っていれば、彼女が彼を見ていたはずだ。私と美崎の立場が逆転したら、私は、彼は、彼女は、何を考え、どう行動していたのだろう。

しばらくして、私のパフェとコーヒー、美崎のナポリタンが運ばれてきた。

「え、お昼それだけで足りますか?」

パフェとコーヒーのみの手元を見た美崎はそう聞いてきたので、「そんなお腹減っていないのよ」と適当に嘘を吐いた。

食事を済ませた会社員は席を立つと、伝票と鞄を持つと会計へ向かった。先ほどまで輝いて見えたのが嘘のようで、腕に掛けた背広は薄汚れていて、華奢な体つきも相まって後姿は全体的にくたびれた印象がした。

「ダイエットですか? 先輩スタイル良いと思いますけど」

確かに、美崎はお世辞にも痩せているとはいえなかったが、親しみやすい安心感があった。健康的な頬に、膨らみのあるバスト、細すぎない二の腕。全体的に真っ白でふんわりしていて包容力があった。「愛され系」とは彼女のことを指すのだろう。何より彼女は笑顔が良かった。

「スタイルが良いというよりはガリガリなだけでしょ」

私はそれだけ言った。

その後も、一方的に喋る美崎の話を聞き流して私はパフェを食べていた。

パフェを完食してからも、尽きない美崎の声に感心したところで、ふと美崎がパフェのグラスを見ていることに気づいた。オレンジだけが残されたグラス。

「どうしたの?」と私は聞く。

「オレンジ、食べないんですか?」

美崎は聞く。私はゆっくり首肯する。

「うーん……私、果物食べるとすぐ喉渇いちゃって、結局、いつも残しちゃうの」

「へぇ。珍しいですね。私、フルーツ大好きです! 食べちゃっても大丈夫ですか?」

そういうと、私が返事する間もなく、美崎は勝手にそれを略奪し食べた。

実のたっぷり詰まった果実のように、ぷるぷるとした唇。美崎の唇は彼のそれに近かった。

皮をむき、そこから新鮮な果実に吸い付く。噛り付くと、やはり甘い汁が零れ、美崎の華奢な指を濡らした。オレンジの新鮮な香りと、美崎の人工的なニオイがぶつかる。とても不釣合いだった。

この子自身は厭味のない真っ直ぐな性格なのだろう。バイキングのように甘い選択しかしないような彼女は、まさに本能の赴くまま生きている。そんな彼女がとても美しく思えた。

逆光が美崎の後ろから差す。

私はまだ、この果物に喰いつく勇気がなかった。


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