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私が初めて友人から初体験の話を聞いたのは大学二年の秋だった。
ちょっと痛いけど、すごく幸せだと話す彼女はやはり変わったように思えた。蛹から蝶へと変化を遂げたというよりは、芋虫からいきなり蝶になり私の知らない世界へと羽ばたいていったような、そんな感覚だった。ほんのり色付いた自然な桃色の頬。伏し目がちに話す彼女の睫毛。横に分けた前髪。全てが女性だった。
そんな彼女を見て、他の友人たちは口々に言う。
「いいなぁ、私も彼氏欲しい。幸せだよねー」
「私も。放課後デートとか憧れるなぁ。ね、結婚式は呼んでね!」
「そんな、気が早いって。でも、招待状送りたいから、住所変わったらいってよね」
彼女は満更でもなかった。
そこには学生特有の浮足立った空気があった。肌に触れるすべての感覚が春の陽気のように柔く、温かく、そして脆い。こんな大それた宣言をできるのも、いろいろな重圧に押し潰されてしまうのも、すべてこの空気のせいだ。
その後、彼女以外の他の友人たちにも恋人が出来、それぞれ営みを赤裸々に語ったが、どの関係も長くは続かなかった。
「なんか疲れちゃった」
彼女たちは決まってそう言った。
「あんなに好きだったのに?」と私が聞くと、
「ん、あぁ。そういえば最初はそんなだったよね。ワタシ」と、毛頭興味のなさそうな表情で言う。
私は呆気にとられた。初心を忘れたのか、それともそんなもの最初から存在しなかったのか。到底理解できなかった。
お互いしか見えていない状況から、実際に前を向くと、意外と道は続いていないものだ。互いに出会い、誘われるように一緒になっても、「その時」はいずれ訪れる。同じ空気を吸えることに悦びを感じても、耳元で、どんなに熱い言葉を掛けあっても、どんなに互いの体温や吐息を感じたって、快感とともに昇華されていく喘ぎ声のようにそれはそのとき限りだ。「アイシテル」はその時々の貴重な言葉。大人になった友人たちのはなしから、そんなことを感じ、絶望してしまった。私にとって「アイシテル」は素敵な贈り物だと信じていたからだ。
当時を思うと、私はとても切ない気持ちになる。
何故なら彼女たちは今を生きていた。実に明瞭で楽しそうに。しかし、もう戻れない。
ふと、彼の唇が思い浮かんだ。
彼のそれはやはり柔らかいのだろうか。それとも意に反して、カサカサしているものだろうか。近づいて見てみると案外、荒れた唇をしているのかもしれない。それならそれでもいい。果汁で濡れる唇を見ていると、体の中心が熱くなってどうも居た堪れなくなる。濡れた指で皮を剥かれ、あの豊穣な唇に吸い込まれるオレンジに嫉妬すら覚えてしまう。味なんてどうでもいい。ただ、その官能的な姿を見ていたかった。




