腕のない人形5
ネットニュースで、富岡いおりの姿を見た。長身で腕組みしながら壁にもたれてこちらに視線を向けていた。真っ白の背景に、黒いベースの服が一層、彼の長身を際立たせていた。
見出しには「演技派イケメン俳優“富岡いおり”月9主演決定」と書かれていた。記事にはドラマのあらすじと、いおりを称賛する文章が並べられていた。私は自分のことのようにうれしかった。
会社の昼休み、いつものように喫茶店に行くと、先輩が座っていた。夢遊病に罹ったような、熱っぽい虚ろな眼差しで、窓際の席を見ていた。そこには頭の禿げかかった中年の会社員が座っていた。先輩の趣味は本当にわからない。ゆっくりと歩み寄っても先輩は気づく気配がない。そういえば、この前あの彼とお茶した席はあの席だったような気がする。そう思うと、自然と口元が緩んでしまう。
「先輩じゃないですか?」
そう声を掛けて、先輩はゆっくりとこちらを向いた。
「美崎ちゃんもお昼?」
「えぇ! ご一緒していいですか?」
「どうぞ」と先輩は了承してくれた。ウェイトレスに注文をしてから、隣の席に着いた。
「先輩はいつもここで?」
私は目を合わせようと試みるが、先輩はどうしても目を合わせてくれなかった。代わりに、先輩はずっと私の手元を見ている。今日のネイル、やっぱりベビーピンクは地味だったかな。
「いえ。いつもは社食で食べているんだけど、たまには違う所で食べようかと思ったの。……美崎ちゃんは?」
「はい。たまに社食も行きますけど、こっちのほうが落ち着いて好きなんです」
そう言うと、先輩は若干目を大きくして私を見た。そんなに意外だろうか。
しばらくして、私たちの料理が運ばれてきた。パフェとコーヒーのみの先輩のお昼に驚いた。
「お昼それだけで足りますか?」
「そんなお腹減っていないのよ」
「ダイエットですか? 先輩スタイル良いと思いますけど」
そう言いつつ、先輩は痩せすぎな気がすると思った。
「スタイルが良いというよりはガリガリなだけでしょ」
私の心を読んだように先輩は自虐した。
そういえば、あの人もオレンジ食べていたっけ。そう思い出すと、ふいに先輩のオレンジが食べたくなった。
「どうしたの?」と聞かれたので、「オレンジ、食べないんですか?」と聞いた。先輩は容量を得ないような感じでゆっくり頷いた。食べるとすぐ喉が渇いてしまうと聞くと、私はもっともらしいことを言って、奪い取った。
果物はとても新鮮で、皮を剥くと果汁が服や机に飛び散った。剥かれた実に吸い付き、少しかじると甘い汁が流れ出し、口内を充たした。それはいままでのどんなキスよりも甘く優しく、気持ちが良かった。富岡いおりのキスみたいだ。そう思った。
先輩の頬はやはり赤かった。まるで熟れた果物みたいだった。目元にキラッと雨粒が見えた気がする。
今日の先輩はとても綺麗だった。




