腕のない人形6
会社に戻ると、香織先輩は先輩とお昼の約束があったようで、少し怒ったような(整った顔立ちのせいかもしれない)表情で私たちに詰め寄った。
先輩も言ってくれればいいのにと思いながら、二人のやり取りを見ていた。
「なんか理由があるんならいいけど。どこ行っていたの?」
待ち合わせも何もしていなかったとはいえ、遅くまで話に付き合ってもらったのは私の方だと思い、急いで弁解した。
「喫茶店です! そこ私の行きつけなんですけど、落ち着いていいお店ですよ。今度みなさんで行きません?」
なるべく、香織先輩の癇に障らない様に、軽快に言った。
「喫茶店? 会社から歩ける距離にあるの?」
思いのほか食い付いてきたので、私の方も少し調子が出てきた。
「あります、あります。案内なら任せてください。先輩ったらね、その喫茶店で、パフェとコーヒーしか頼まなかったんですよ」
香織先輩は顔をしかめて「本当に?」と先輩の方を見た。
「あんまお腹減っていなかったのよ」
「だからって、カフェインと糖質だけってアンタ。肉食いなさい、肉」
そんなことを言う先輩を、香織先輩は肘で小突いた。あまり痛そうにする先輩が気の毒だったので、思わず、私は言ってしまったのだ。
「オレンジも食べなかったので、私がもらっちゃいました。私、フルーツ好きなんで、よかったです!」
一瞬の沈黙のあと、先輩は静かに口元に笑みを浮かべ、香織先輩は豪快に噴き出す。周りの社員が不思議そうに見る中、オフィスには私たち三人の笑い声が響く。
そんな風に二人とも笑い飛ばしてくれると思ったのに、返ってきたのは、香織先輩の倦怠な――けれども威圧的な物言いだった。
「オレンジって皮剥くよねぇ」
先輩は素知らぬ風に「そりゃね」と相槌を打つ。
「パフェグラスの上に残された皮って、随分寂しいものだと思わない?」
「何言っているんですか?」
よくわからないことをいう先輩の意図が判らなかった。
「実は必要とされて、皮は必要じゃないなんて」
「そりゃ、実は美味しいし、皮は食べられないから」
そう回答をする私の方にゆっくりと視線をずらし、
「美崎はさぁ、自分がオレンジだったらどうする?」
私には、香織先輩が言いたいことが判った。オレンジの皮――それは私。
何を責められているのかは判らない。
きっと、香織先輩には私の腐臭がとうにバレていたのだ。飲んでも、飲んでも喉の渇きが充たされないために、ジュルジュルと下品な音を立てて男を貪る私の貪欲さに。穢いモノを見るように香織先輩は私を見据えていた。
喫茶店にいた先輩は綺麗だった。先輩は涙を流していた。ガラス玉のような私の目からもそんな涙は流せない。
だから私は「それって服を脱がされたらってことですか?」なんてとぼけた。身だけ食べられたらすぐ捨てられるオレンジの皮のような私を認めたくないがために。
私は人形。腕の折れた人形。
そして、とうに実のないオレンジの皮。




