腕のない人形3
過去に一度だけ、将来を真剣に考えた相手がいた。相手も同じように考えていたと思っていたが、結局何もなく終わった。
当時はよくデパートのおもちゃ売り場で、人形を見ていた。もし、自分に女の子ができたら、こんな人形をあげようと見ていたのだ。だが、その子が本当に自分がプレゼントした人形を大事に扱うかと言ったら、自信はなかった。
というのも、私はよく着せ替え人形の服を脱がせていた。もちろん、最初の頃は服を着せて遊んでいたが、次第に服の下はどうなっているのかという好奇心が湧いてきた。服を脱がすのは大変だったが、人形の裸体を見たいがために頑張った。服の下には無機質な人形の肌があった。それを見た瞬間、大きく膨れ上がっていた好奇心は風船のようにしぼんでいき、その後何事もなかったかのように人形を放置した。以来、それを手に取って遊ぶこともなく、金髪の裸婦は子ども部屋に放置され続けた。
「あぁ、疲れた。お前は何か飲む?」
冷蔵庫の扉を開ける彼。そこには水やお茶、スポーツドリンクの他にオレンジジュースが入っていた。富岡いおりの唇が浮かんだ。
「何、ジュースが飲みたいの?」
そういうと彼は顔を歪めた。「喉渇くだけじゃない」
冷蔵庫からオレンジジュースを取り、私に投げる。それを掛け布団の上に落ちてから取った。
「知らないの? これ、いおりのジュースなのよ」
「誰だよ、いおりって」
「富岡いおりも知らないなんて。最近話題の俳優よ。このジュースのイメージキャラクターもしているのよ」
知らないよ。欠伸に埋もれた声が聞こえた。
「俺、今日金ないからもう帰るけど、お前はどうする?」
明日は休日なので、きっとせっせとズボンを穿きつつ頭の中は別のことを考えているのだろう。私は「あと少し残る」と言った。
「ん、了解。とりあえずこれだけ払っとくよ」
そう言って彼は上半身裸のままズボンのポケットから財布を取り出し、私に千円札を寄越した。男のプライドはなくとも人としての礼儀はまだあるらしい。
「ありがと」
私はそれを受け取ると、自分のバッグを探すため、ベッドから出た。それを見た彼はシャツのボタンを留めながら「ドレッサーの椅子の上にあるよ」と言った。
「あ、本当」
「ん、またいつか連絡するわ」
私がバッグから財布を取りだしたのと、彼が鞄を持ったのは同時だった。
「じゃ、お先に」
と言い残し、肩越しに手を振ってそそくさと出ていった。
バタンと扉が閉まり、室内は急に静かになった。彼と一緒に居ても恋人らしい話題を喋ることはないが、やはり独りになるとその場の雰囲気が変わる気がする。人口密度が一人分低くなるだけでこんなに薄ら寒くなるものなのか。
私は再びベッドに入り、毛布を口元まで引っ張った。毛布の中で自分の腹に手を当てた。腹部はずんと重く、体中がヒリヒリしていて疲れていた。
仕事のストレスを性欲に変え、それを私にぶつけるように、今日も乱暴に私を抱いた彼には、きっと恋人がいるのだろう。私の時よりも遥かに優しく恋人を抱く彼を想像する。暴力という名のセックスを私にしてから翌日――背中に残した私の爪痕が消えたころに、恋人と精神をも伴う本当のセックスをする。恋人と自分を重ね、懐かしい気持ちになったが、同時に沼地のような寒さが胸中を覆った。彼と恋人関係を解消し、新しい友人関係になった当初でさえもっと優しいセックスだったのに。
それにしても今日はつかれた。手を乗せていた腹部が温まってきた。このまま眠ってしまおう。そう思うと、自然と瞼が閉じた。




