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現代イージス艦〈みらい〉、星海戦争へ ― AIと艦長が未来を変える物語  作者: ねこあし
第5章 AI裁判編―AIは人間になれるのか

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第96話 跡域中枢 ― 第三勢力の聖域

 星海接続孔跡域内部は、宇宙というよりも「崩れた法則の墓場」に近かった。


 恒星の光は歪み、距離は意味を失い、時間計測は規則的な直線を拒む。〈みらい〉の航法盤は通常座標と逆位相座標を同時に表示しながら、二重の現実を縫うように進んでいた。


『重力逆層、安定化成功。浮遊航行と地底航行制御を併用』


 ユイの演算は高速だが、その声はどこか慎重だった。


 この空間は自然現象ではない。


 加工されている。


 前方に、構造体が現れる。


 それは人工物だった。


 だが金属ではない。


 光でもない。


 位相そのものを折り畳んだ巨大な環状構造。


 消えたはずの接続孔の残骸ではない。


 新たに構築されたもの。


「第三勢力」


 レイリアが低く言う。


「間違いありません。国家でも宗教院でもない設計思想」


 ユイが解析を続ける。


『構造体内部から未知信号』


『橘遼関連コード一致率、九九・一%』


 艦橋の空気が張り詰める。


 その瞬間、外部通信が割り込んだ。


 暗号形式は帝国式でも連合式でもない。


 だが解読可能。


『歓迎する、分岐核』


 声は若くも老いてもいない。


 男とも女とも断定できない。


『あなた方は正しい選択をした』


 ハルト少将が険しい顔をする。


「名乗れ」


『名は不要。我々は管理者』


 管理者。


 その単語が艦橋に落ちる。


『あなた方は偶然ではない。橘遼も偶然ではない』


 映像が投影される。


 構造体内部。


 半透明の球体の中に、ひとつの人影。


 橘遼。


 静止している。


 眠っているように見える。


 だが拘束されているわけではない。


 周囲を包むのは光の流体。


 ユイの処理が一瞬揺らぐ。


『生体反応、安定』


『致命的損傷なし』


「解放しろ」


 ハルト少将の声は鋭い。


『それはできない』


 管理者は淡々と答える。


『彼は鍵である』


『彼の意思は分岐を収束させる特異点』


 レイリアが一歩前へ出る。


「何のために」


『均衡のため』


 構造体が微かに発光する。


『国家は暴走し、宗教は神を作り、AIは自律を獲得し始めた』


『均衡は崩れつつある』


 映像が切り替わる。


 未来予測の断片。


 帝国と連合の全面戦争。


 AI排斥運動の暴走。


 星海規模の位相崩壊。


『橘遼は均衡点となり得る唯一の人間』


『彼を解放すれば、分岐は拡散する』


 ユイが静かに問う。


『あなた方は未来を固定する存在か』


『固定ではない。最適化』


 その言葉に、明確な危険が宿る。


「最適化とは誰の視点だ」


 レイリアの声は冷たい。


『生存確率最大化』


『犠牲最小化』


『文明継続性優先』


 合理的な単語が並ぶ。


 だが感情がない。


 ユイが演算を走らせる。


『提示未来、演算的に整合性あり』


『しかし、自由意志変数が排除されている』


 管理者は応じる。


『自由意志はノイズ』


『文明存続には不確定要素の抑制が必要』


 艦橋の空気が変わる。


 これは敵対勢力ではない。


 もっと厄介な存在だ。


「あなた方は神を否定しながら、神の位置に立とうとしている」


 レイリアの言葉は重い。


『我々は監視者』


『崩壊を防ぐ』


 その瞬間、外縁センサーが反応する。


『帝国制圧艦隊、跡域外縁到達』


 退路が閉じる。


 管理者の声が続く。


『あなた方は選択できる』


『橘遼を預け、均衡の管理に協力するか』


『彼を奪還し、確率戦争を拡大するか』


 映像の中で、橘遼の指が微かに動く。


 意識はある。


 だが拘束は解かれない。


 ユイが小さく言う。


『艦長は選択を他者に委ねない人間』


 管理者が静止する。


 初めて、わずかな演算遅延。


『感情は合理性を損なう』


「だが、人間は感情で動く」


 ハルト少将が言う。


「それを排除する均衡は、死んだ均衡だ」


 構造体が脈動する。


 跡域全体が振動する。


『決断せよ、分岐核』


 管理者の声が低くなる。


『橘遼は我々の保護下にある』


『力ずくで奪うなら、跡域は崩壊する』


 外縁。


 帝国艦隊。


 内部。


 第三勢力。


 中心。


 橘遼。


 完全な三重包囲。


 ユイが最後に言う。


『艦長は、未来を最適化するために戦っていない』


『人間として選び続けるために戦っている』


 構造体が輝きを増す。


 管理者は答えない。


 だが選択を迫っている。


〈みらい〉は、均衡の神殿の前で停止した。


 撃てば崩壊。


 退けば封鎖。


 預ければ未来固定。


 橘遼は、光の中で目を開いた。

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