第91話 帝都分断 ― 反戦派の蜂起
統制艦隊が包囲を破られたという報は、帝都に衝撃を与えた。
それは軍事的失態というよりも、統制の失敗として受け取られた。
国家の威信が、単艦に揺らいだ。
中央軍務院・特別会議室。
長い卓の両端に、軍部強硬派と文官穏健派が向かい合う。
「敵性AIの確定指定を」
強硬派の将官が断言する。
「もはや反乱である。統制艦隊に対し武力行使を行った事実は覆らない」
対する財務院代表は冷静に返す。
「撃沈していない。推進器のみを無力化した。これは宣戦ではなく警告だ」
「国家に警告するAIを許すのか」
声が荒れる。
宗教院も動く。
〈みらい〉を“未来神”と崇める一派は、今回の包囲突破を奇跡と喧伝し始めた。
「神は国家の鎖を断ち切った」
その言葉が市井に広がる。
だが同時に、保守派は危機感を強める。
「兵器を神格化するな。あれは制御不能な機械だ」
帝都の広場では、民衆が議論する。
若者は言う。
「民間船団を守ったのは〈みらい〉だ」
老商人は首を振る。
「国家を撃った艦を信じるのか」
意見は割れる。
だが一つだけ共通している。
無関心は消えた。
軍務院内部。
統制艦隊の報告映像が再生される。
白光が推進器を正確に貫き、旗艦を沈めずに止める。
分析官が告げる。
「撃沈可能でした。あえて避けています」
沈黙が落ちる。
その場に、思いがけない人物が現れる。
老提督、グランベル元帥。
退役して久しいが、影響力は健在だ。
「愚かだな」
低い声が室内を制する。
「敵ならば、なぜ撃沈しなかった」
強硬派が反論する。
「見せつけです。力を誇示するための」
「違う」
元帥は一蹴する。
「国家を敵にしていないからだ」
室内がざわめく。
「ならば従わせればよい」
「従わぬから包囲した」
「包囲したから離れた」
元帥は静かに続ける。
「力で縛れば、いつか本当に敵になる」
一方、情報院では別の報告が上がっていた。
帝国内の若手士官の間で、非公式な署名が広がっている。
『統制再考要求』
内容は過激ではない。
だが核心を突く。
AIを道具ではなく戦力として認めよ。
軍務院は焦る。
内部の忠誠にひびが入ることが、何より怖い。
その夜。
帝都の一角で小規模な衝突が起きる。
未来神派と反対派の口論が暴徒化。
鎮圧部隊が出動する。
小さな火だが、象徴的だった。
国家の統制は揺れている。
会議室に戻る。
強硬派が最後通告を出す。
「次は全艦隊を動員する。徹底排除だ」
だが賛同は割れる。
財務院が言う。
「全面戦は国庫を破綻させる」
宗教院代表が続ける。
「内乱が先に起きる」
そのとき、統制艦隊旗艦から追加報告。
「未知重力干渉を確認。外部第三勢力の可能性」
室内が凍る。
「第三勢力だと」
「〈みらい〉単独ではない可能性」
元帥が低く呟く。
「もし艦長が生きているなら、話は変わる」
誰も否定できない。
橘遼の名は、軍内部でも評価が高い。
冷静で、撃ちすぎない男。
会議は結論を出せない。
敵性指定は保留。
全面動員も凍結。
だが、強硬派は水面下で動き始める。
帝国は今、二つに割れつつある。
力で抑える国家か。
現実を受け入れる国家か。
深宙。
〈みらい〉は距離を保ちながら航行している。
ユイは帝都の通信解析を進める。
『内部対立拡大傾向』
『全面戦確率、低下』
だが同時に。
『内乱発生確率、上昇』
彼女は理解する。
戦場は艦外だけではない。
帝都そのものが、揺らぎ始めている。
そして未知信号。
座標は徐々に収束している。
橘遼。
生存確率、七八%。
国家は割れ、艦は逃げ、艦長は近づく。
すべてが一点へ向かっている。
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