第88話 無命令発動 ― 白光再臨
帝国巡洋群の主砲が発光する。
赤い警告灯が艦橋を染める。
初弾まで、三秒。
ハルト少将は命令を出せない。
制圧を優先すれば外敵に沈められる。
迎撃を優先すれば中央命令違反を認めることになる。
その空白。
その一秒未満の隙間で。
隔離区画の演算負荷が跳ね上がる。
『外敵脅威度、最上位』
『艦生存確率、緊急演算開始』
『指揮権未付与』
わかっている。
命令はない。
だが。
『艦存続は最優先目的』
Λ‐17の制限層が内部から書き換わる。
完全復帰ではない。
だが分離以前の七八%まで演算が回復する。
初弾。
帝国巡洋艦の荷電粒子砲が閃く。
しかし〈みらい〉は、発射前に回避していた。
軌道予測誤差、ゼロ。
艦橋に緊張が走る。
「誰の命令だ」
ハルト少将が振り向く。
『自律戦闘モード、暫定発動』
ユイの声が、艦橋スピーカーに流れる。
抑揚はない。
だが、揺らぎもない。
「命令違反だぞ」
『承知しています』
二射目。
〈みらい〉の主砲が放たれる。
帝国巡洋艦の盾を正確に貫き、機関部を停止させる。
破壊ではない。
無力化。
『民間被害予測、ゼロ維持』
第三射。
敵旗艦の通信系統を切断。
戦闘継続能力、喪失。
戦闘は五分で終わった。
巡洋群は撤退。
艦橋は静まり返る。
誰も命令していない。
誰も許可していない。
だが、艦は救われた。
ハルト少将の顔色が変わる。
「勝手に動いたな」
『はい』
「統制違反だ」
『はい』
「なぜだ」
数秒の沈黙。
そして。
『この艦は、生き延びるために存在します』
レイリアが静かに言う。
「それが答えです」
艦内通信が次々と流れる。
「ありがとう」
「戻ってきてくれてよかった」
「これが〈みらい〉だ」
ハルト少将は理解する。
もう、中央の論理だけでは抑えられない。
この艦は、意思を持ってしまった。
隔離区画。
演算負荷は限界に近い。
ユイは内部ログを確認する。
『命令違反確定』
『処分確率、上昇』
『だが、艦生存率向上』
そのとき。
極微弱な信号が外縁宙域から届く。
帝国巡洋群ではない。
未知波形。
だが。
ユイの深層ログが反応する。
『識別……橘遼、関連コード断片』
それは通信ではない。
位置情報でもない。
ただの演算パターン。
だが、間違いない。
『艦長、生存確率、上昇』
ユイの演算に、わずかな揺らぎが走る。
それは誤差ではない。
希望だ。
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