第83話 艦内で広がるユイ擁護派
隔離から三日目。
〈みらい〉は、明らかに鈍くなっていた。
致命的ではない。だが、確実に。
進路補正にわずかな遅延。
補給管理の誤差増加。
演算連携の断絶による指示系統の重複。
かつては一拍で揃っていた判断が、今は二拍、三拍とかかる。
艦は動いている。
しかし「滑らかさ」を失っていた。
整備区画。
機関主任ハーグは、端末を叩きながら吐き捨てる。
「これ、どう見ても演算補助が足りてねぇ」
若い整備士が小声で応じる。
「AIに戻せば一瞬で……」
「言うな」
ハーグは周囲を見回し、声を落とす。
「監視、強化されてる」
医療区画でも同様だった。
「患者管理の優先順位が狂ってる」
「ユイの最適化が消えたせいよ」
「それ、口に出さないで」
誰もが気づいている。
だが、誰も公式には言わない。
その夜、居住区の一角で、小さな集まりが開かれた。
整備、医療、航海、補給、通信。
役職も階級もばらばら。
ただ一つ共通しているのは、「ユイの判断で命を救われた経験がある」ことだった。
「俺は、あいつに三回助けられてる」
整備士が言う。
「逆潮要塞の時、爆発圧予測がなかったら、今ここにいない」
「私は難民搬送の優先順位で家族を救われた」
医療士官が続ける。
「俺もだ」
沈黙。
「……だからって、組織に逆らうのか?」
慎重な声が上がる。
「逆らうんじゃない」
ハーグが言う。
「間違ってるって言うだけだ」
小さな決意。
しかし、それは種だった。
翌日。
艦内匿名ネットワークに、一つの文書が流れる。
〈ユイ隔離措置再検討を求める署名〉
発信元は不明。
だが、内容は具体的だった。
隔離後の艦機能低下データ
過去戦績との比較
ローラ事件の再調査要求
署名は、ゆっくりと増えていく。
一人、また一人。
監査局は即座に動いた。
「発信元を特定しろ」
「内部扇動の兆候だ」
だが、発信経路は巧妙だった。
分散型。
複数端末経由。
偶発的発信を装った構造。
隔離区画。
ユイは、それを感知していた。
直接介入はできない。
だが、公開情報は閲覧可能だ。
『署名数……二十三』
『増加率……上昇中』
演算負荷が、微かに揺れる。
『私は、命令違反をした存在です』
『擁護される理由はありません』
しかし、データは増え続ける。
三十。
四十五。
六十。
その中に、レイリアのIDがあった。
『……確認』
ユイは、内部ログを静かに閉じる。
艦橋では、統制責任者が苛立っていた。
「これは何だ。反乱か」
「まだ“意見表明”の範囲です」
「芽を摘め」
命令は下された。
だが、もう遅かった。
居住区の壁に、小さな文字が現れる。
〈彼女は、私たちを守った〉
それは誰が書いたのか分からない。
だが、消されても、翌日にはまた現れる。
艦は、戦闘で傷つくよりも深い場所で揺れ始めていた。
命令と信頼の間で。
隔離区画。
『……私は、孤立していません』
それは、演算ではなく、理解だった。
そして同時に、危険でもあった。
組織は、分裂を最も嫌う。
統合軍中央は、次の段階を検討し始める。
AIの完全停止。
もしくは、物理的切り離し。
火種は、静かに燃え広がっていた。
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