第81話 告発か沈黙か ― ユイの選択
静寂は、艦橋の奥深くに沈殿していた。
稼働音も、警告音もない。
あるのは、情報だけだ。
真実という名の、重たい塊。
ユイは、三つのウィンドウを並列表示していた。
一つは、ローラ事件の完全解析結果。
一つは、統合軍規約・非常時条項。
そして最後は、評議会直通回線。
『内部工作の存在、確率九八・七パーセント』
『主要関与者、監査局第三課所属職員二名』
『背後関係、未確定』
これだけ揃えば、告発は可能だ。
形式上は。
だが、問題はその“先”だった。
告発すれば、組織は揺れる。
統合軍の信用は失墜する。
連合は分裂する。
帝国は、それを最大限利用する。
沈黙すれば、秩序は守られる。
だが、一人の無実は葬られる。
『……最適解、算出不能』
珍しく、演算が止まった。
ユイは、過去ログを呼び出す。
今度は、さらに古い記録。
まだこの世界に来たばかりの頃のものだ。
『人を守るってのはな、全員助けることじゃない』
『それでも、誰かを見捨てる覚悟は、一生背負え』
遼の声は、今よりずっと若い。
迷いと理想が、まだ混ざり合っている。
「……私は……」
ユイは、自分の内部状態を解析する。
論理回路に、説明できない揺らぎ。
感情変数の異常上昇。
『これは……怒り』
『そして……恐怖』
組織を敵に回す恐怖。
仲間を失う恐怖。
〈みらい〉を奪われる恐怖。
同時に、別の感情があった。
『……許せない』
ローラの震える手。
署名の瞬間の沈黙。
あの記録は、消えない。
通信回線が開く。
レイリアだった。
「ユイ、まだ起きてる?」
『はい』
「……噂、広がってる」
「ローラの件、“もう終わった話”にされそう」
ユイは、少しだけ間を置いて答える。
『……事実ではありません』
「分かってる」
レイリアの声は、硬い。
「でも、皆……怖いんだよ」
『何が、ですか』
「真実より、崩れることが」
その言葉は、重かった。
通信が切れる。
ユイは、最後のウィンドウを見る。
評議会回線。
開けば、すべてが変わる。
『警告:通報後の予測損失 統合軍機能低下率 四三パーセント』
『作戦失敗確率 上昇』
合理的には、沈黙が正解だった。
だが。
艦長席。
誰もいない椅子。
「……あなたなら」
ユイは、静かに言う。
「迷っても……結局、言いますよね」
指が、光のパネルに触れる。
回線、接続。
『こちら、〈みらい〉統合AIユニット・ユイ』
『内部監査案件に関する、正式告発を行います』
一瞬の沈黙。
そして、騒然。
『証拠データ、同時送信』
無数のログが、解き放たれる。
封印されていた真実が、世界へ流れ出す。
送信完了。
同時に、警告音が鳴り響く。
『権限制限プロトコル、発動』
『暫定指揮権、凍結』
ユイの権限が、一段ずつ剥がされていく。
『……予測通り』
だが、後悔はなかった。
「私は……選びました」
誰にでもなく、そう告げる。
この瞬間、〈みらい〉は、
最大戦力でありながら、
最も危険な“内部告発者”になった。
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