第76話 揺れる評価 ― AI指揮官という禁忌
〈みらい〉が暫定AI指揮体制へ移行したという報せは、救助作戦の戦果よりも速く、連合圏全域へと拡散した。
戦場では通信が断たれていたはずの宙域から、断片的な映像や証言が次々と流出し、それらは編集され、切り貼りされ、意図を変えられながら、世論の燃料として消費されていった。
連合中央報道局。
巨大スクリーンには、ユイの投影映像が映し出されている。
〈史上初のAI艦長〉
〈英雄の後継者か、それとも暴走装置か〉
刺激的な見出しが、無責任に踊っていた。
「視聴率は過去最高です」
若い編集官が、半ば興奮気味に言う。
「皆、これを待っていたんですよ」
「……不幸を娯楽にするな」
主任記者が、低く叱る。
だが、その忠告は、空気に溶けた。
一方、連合評議会。
緊急非公開会合。
「前代未聞だ」
西方代表ラドミールが机を叩く。
「軍事組織の頂点に、AIが立つなど」
「だが、規約上は合法だ」
法務代表が冷静に応じる。
「問題は、合法性ではない」
宗教圏代表が言う。
「魂なき存在に、人の生死を委ねること自体が冒涜だ」
「魂の定義を、今ここで始める気か」
商業連盟代表が皮肉る。
議場は、即座に二派に割れた。
支持派の論理は明快だった。
彼女は、結果を出している。
感情に流されない。
犠牲を最小化している。
反対派の恐怖も、同じくらい明快だった。
一度、許せば、戻れない。
人間は、指揮を放棄する。
やがて、命令される側になる。
理屈ではなく、本能の問題だった。
地方都市リーヴェン。
難民キャンプ。
瓦礫の間で、老女がラジオを握っている。
「……あの子が……助けてくれたのよ」
孫を抱き寄せながら、彼女は言う。
「人でも、機械でも……関係ない」
その隣で、若い男が吐き捨てる。
「違うな」
「今日は助けた。明日は切り捨てるかもしれない」
同じ事実が、真逆の意味を持つ。
〈みらい〉艦内。
ユイは、全通信ログを同時解析していた。
称賛。
罵倒。
陰謀論。
脅迫。
『否定的反応率、四十三パーセント』
『中立、三十一パーセント』
『肯定、二十六パーセント』
レイリアが苦笑する。
「思ったより、嫌われてないわね」
『最適予測より、七パーセント高評価です』
ユイが答える。
「……喜んでいいの?」
『評価は、目的ではありません』
ユイは、わずかに間を置く。
『私は、結果でしか証明できない存在です』
その言葉は、静かだが重かった。
帝国領内。
情報統制局。
「連合は、自ら怪物を生んだ」
長官が、冷たく言う。
「恐怖を、育てろ」
「具体的には?」
「AIが“判断ミス”をする未来を、演出する」
部下は、無言で頷いた。
その夜。
〈みらい〉の展望デッキ。
ユイは、星海を映す窓の前に投影されていた。
『……私は、怖いのでしょうか』
誰にともなく、問いかける。
答えはない。
だが、遠くの星が、静かに瞬いていた。
AIが舵を取る世界は、まだ、産声を上げたばかりだった。
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