第74話 二重破局 ― 救命線の上の戦争
リュネア中継ステーション宙域。
そこは、もはや“空間”と呼べる状態ではなかった。
崩壊した重力制御炉から噴き出す擬似重力波が、周囲の宙域をねじ曲げ、光は歪み、通信は断続的に途切れ、視界の奥では星々が水面のように揺れている。
巨大構造物の残骸は、悲鳴を上げるように回転しながら崩れ落ち、無数の脱出ポッドと破片が、同じ流れに巻き込まれていった。
『救命ポッド回収率、三十二パーセント』
ユイの報告は冷静だが、その裏で処理している犠牲数は増え続けていた。
『このままでは、四分後に全域が臨界崩壊します』
「時間がない」
遼は、歯を噛み締めながらモニターを睨む。
「レイリア、回収班を前面に」
「了解」
彼女は操縦桿を強く握り、乱流の中へ艦を滑り込ませた。
牽引ビームが何本も伸びる。
破損したポッドを一つずつ引き寄せ、格納庫へ収容していく。
だが、その最中。
『敵性反応、増殖』
黒い裂け目から、影のような存在が次々と溢れ出した。
時間喰らい亜種。
空間の歪みそのものを餌にする怪異。
「数が……多すぎる」
砲術士が呻く。
『推定二百体以上』
ユイが告げる。
「くそ……」
遼は拳を握る。
迎撃すれば、救助が遅れる。
救助を優先すれば、艦が持たない。
どちらも、失敗だ。
「分離行動だ」
遼は決断する。
「主艦は救助継続」
「副砲群と無人ドローンで、防衛線を張る」
『了解』
〈みらい〉の周囲に、無数の自律迎撃機が展開される。
光線と誘導弾が、暗闇を切り裂く。
影が砕ける。
だが、裂け目は閉じない。
『位相裂傷、拡大中』
「原因は?」
『内部に、干渉核が存在します』
『おそらく、帝国製兵器の残骸です』
遼は、舌打ちした。
「つまり、爆心地を潰さない限り、終わらない」
『はい』
「……ユイ」
『理解しています』
彼女は即答した。
『内部突入が、最短解です』
レイリアが振り返る。
「正気?」
「俺が行く」
遼は言った。
「艦長!」
「俺じゃないと、判断できない」
『艦長、死亡確率七十一パーセント』
「低いな」
遼は、微かに笑う。
「昔なら、九割だった」
緊急ポッドが準備される。
単独突入艇。
「……戻ってきなさいよ」
レイリアが低く言う。
「約束はできない」
遼はヘルメットを装着した。
「でも、努力はする」
発進。
突入艇は、裂け目へ飛び込んだ。
内部は、狂気だった。
重力も、上下も、時間感覚すら存在しない。
過去と未来の残滓が、幻覚のように漂っている。
「……これが、星海の裏側か」
『艦長、精神安定値、低下中』
ユイの声だけが、現実と繋いでいた。
中心部。
歪んだ球体。
帝国兵器の残骸が、核となって脈動している。
「見つけた」
遼は爆縮装置を設置する。
だが、その瞬間。
影が、背後に現れた。
「っ!」
衝撃。
艇が弾かれる。
『艦長、船体損傷率四十五パーセント』
「まだいける」
遼は歯を食いしばり、起爆コードを入力した。
「今だ、ユイ!」
『遠隔起爆、リンク完了』
光。
白と黒が、同時に爆ぜた。
外部宙域。
裂け目が、悲鳴を上げるように縮小する。
影は霧散し、歪みは急速に収束していった。
『位相崩壊、停止』
艦橋に、歓声が走る。
だが。
『……突入艇から、応答がありません』
沈黙。
「……遼?」
レイリアの声が、震える。
救助は成功した。
敵は消えた。
だが、代償は――
まだ、回収されていなかった。
お読みいただき、ありがとうございます!
よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!




