第73話 縛られた剣 ― 制限下の緊急出動
戒告処分から、わずか四十八時間後。
〈みらい〉は、連合中継宙域ハルゼン回廊に停泊していた。
補給と整備、そして事実上の“監視”を兼ねた待機。
周囲には、統合軍所属の哨戒艦が配置され、見えない檻が張り巡らされている。
「……まるで、護送中の囚人だな」
レイリアが、窓外を見ながら呟く。
「仕方ないさ」
遼は苦笑する。
「俺が、信用を削った」
そのとき、警報が鳴った。
『緊急通信受信』
『連合外縁コロニー・リュネアより、救難信号』
主モニターに、映像が映る。
巨大な輸送ステーション。
半壊し、炎と真空が噴き出している。
『原因:未確認位相崩壊現象』
『推定死傷者数:五万以上』
艦橋が、凍りつく。
「位相崩壊?」
レイリアが眉をひそめる。
『帝国軍の新型干渉兵器の可能性があります』
ユイが即座に分析する。
「距離は?」
『最短航路で、三十八分』
「間に合う」
遼は即断しかけて、言葉を止めた。
制限命令。
単独行動禁止。
戦術判断は司令部承認必須。
「……司令部に上げろ」
通信。
『救援要請を確認』
『判断待ち』
五分。
十分。
二十分。
画面の向こうで、崩壊は進行していく。
『生存率、急低下』
ユイが静かに告げる。
『現在、二十三パーセント』
「くそ……」
レイリアが操縦席を叩く。
『司令部より回答』
全員が息を呑む。
『現時点では、派遣不可』
『原因未確定のため、リスク過大』
一瞬、誰も言葉を失った。
「……見捨てるのか」
誰かが呟く。
遼は、拳を強く握った。
「ユイ」
『はい』
「もし、今行けば、何人救える」
『……最大、一万七千人』
沈黙。
「規約違反だな」
『明確な違反です』
「処分は?」
『指揮権完全剥奪、最悪の場合、艦接収』
遼は、ゆっくり息を吐いた。
「……やっぱりな」
彼は、艦橋全体を見渡した。
「行くぞ」
どよめき。
「艦長!」
「これは、命令じゃない」
遼は言う。
「俺個人の選択だ」
「ついて来たい者だけ、ついて来てくれ」
一拍。
レイリアが、笑った。
「言うまでもない」
航海士、砲術士、通信士。
誰一人、席を立たなかった。
『……艦長』
ユイが、低く言う。
『今回の選択は、合理性ゼロです』
「だろうな」
『でも……私は、支持します』
推進炉が唸る。
「進路変更、リュネアへ!」
〈みらい〉は、哨戒網を強行突破した。
数分後。
『司令部より緊急通達』
『橘遼艦長の命令を無効とし――』
通信は、途中で切断された。
視界に、崩壊するステーションが現れる。
光と闇が、渦を巻いていた。
『位相乱流、臨界値超過』
「全力救助配置!」
救命ポッドが射出される。
牽引ビームが伸びる。
だが、そのとき。
『未知反応、内部より出現』
崩壊領域の中心に、黒い裂け目が開いた。
「……まさか」
『時間喰らい亜種です』
ユイの声が、硬くなる。
敵は、災害の中から生まれていた。
「戦闘準備」
遼は静かに言う。
「ここが……踏み絵の続きだな」
救助か、戦闘か。
規則か、良心か。
選択の猶予は、もうなかった。
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