第71話 初陣の歪み ― 統合軍という未完成兵器
統合軍第一任務は、「小規模治安回復作戦」と名付けられていた。
だが、その実態は、帝国と連合の境界線上に位置する資源惑星セレファードで発生した武装蜂起への対応であり、さらにその背後に帝国諜報部の関与が疑われているという、極めて政治色の濃い案件だった。
成功すれば、統合軍の正統性は確立される。
失敗すれば、存在意義そのものが疑われる。
まさに、試金石だった。
〈みらい〉艦橋。
主モニターには、惑星セレファードの褐色の地表が映し出されている。
鉱山都市群は、煙に覆われ、ところどころで爆発の閃光が瞬いていた。
「……予想より、ひどいな」
レイリアが低く呟く。
『現地武装勢力は、想定の一・六倍です』
ユイの声は淡々としているが、処理している情報量は平時の三倍を超えていた。
『さらに、連合側民兵部隊との識別コードが不統一です』
『敵味方判別に、致命的な遅延が発生しています』
「統合したばかりの軍だ」
遼は腕を組んだまま、画面を見つめる。
「無理もない」
作戦司令部との通信が入る。
『こちら前線司令、ブランツ大佐』
『各部隊の命令系統が混線している』
『指示が、三系統から同時に飛んでくる状況だ』
統合軍司令部。
連合評議会。
各地方軍本部。
理論上は整理されたはずの三層構造は、実戦では絡まり合い、結び目のようになっていた。
「現場は、もう限界だ」
遼は短く言った。
「ユイ、臨時統合管制を敷けるか」
『可能です』
『ただし、各勢力の通信を強制再編します』
『政治的反発は、ほぼ確実です』
「やる」
遼は即答した。
『了解』
〈みらい〉から放たれた量子通信制御波が、戦域全体を覆った。
無秩序に飛び交っていた命令回線が、一斉に再編成される。
「通信が……一本化された?」
『命令、整理されました』
『現時点より、戦術指揮は臨時的に〈みらい〉が補助します』
現地部隊から、驚きと安堵の声が混じった報告が届き始める。
『こちら第三混成隊、指示が明確になった』
『やっと戦える』
だが、その直後だった。
『敵性艦影、出現!』
『軌道上より降下中!』
主モニターに、黒い艦影が浮かぶ。
帝国軍の高速打撃艇群。
公式には「存在しない部隊」だった。
「来たか」
遼は、歯を噛み締める。
「迎撃準備」
しかし、その命令は、即座には実行されなかった。
『……確認が取れません』
現地防空司令が答える。
『統合規定では、帝国正規軍との交戦には評議会承認が必要です』
一瞬の沈黙。
「今、撃たなければ、地上が壊滅する」
レイリアが叫ぶ。
「だが、規則では……」
遼は、拳を握った。
まただ。
理念と現実の断層。
「ユイ」
『……艦長の命令があれば、私は実行可能です』
わずかな間があった。
『ただし、それは統合規約違反になります』
遼は、目を閉じる。
帝国との全面衝突。
統合軍の瓦解。
政治的責任。
すべてが、脳裏をよぎる。
そして、地表の映像。
逃げ惑う労働者。
崩れ落ちる居住区。
「……迎撃する」
低く、しかし明確に言った。
「俺が、責任を取る」
『了解』
〈みらい〉の主砲は、最大出力ではなかった。
精密制御による、限定迎撃。
星空に、細い光の線が走る。
三隻、撃墜。
二隻、離脱。
敵編隊は、撤退した。
地上に、歓声が上がる。
だが、同時に、別の通信が届いた。
『連合評議会より緊急通達』
『艦長・橘遼の独断行動について、調査委員会を設置する』
遼は、静かに息を吐いた。
「……始まったな」
『艦長』
ユイが言う。
『今回の判断は、成功確率六十二パーセントでした』
「低いな」
『ですが……民間犠牲率は、九十一パーセント低下しました』
遼は、微かに笑った。
「なら、十分だ」
統合軍の初陣は、勝利でも敗北でもなかった。
それは、「統合」という幻想が、現場で最初に軋んだ音だった。
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