第70話 分かたれる旗 ― 連合評議会と統合軍構想
連合評議会議事堂は、かつて交易都市だった巨大ドームを改修して作られていた。
天井には星図が投影され、各星系の位置と航路が淡く浮かび上がっている。
それは、理想としての「連合」を象徴する風景だった。
だが、その日、その星図はどこか歪んで見えた。
評議席には、三十二の旗。
各地方国家、自治領、独立都市圏の象徴が並ぶ。
その中央に、空席が一つあった。
〈みらい〉の席。
「では、議題第一号」
議長ヴェルナーが、木槌を打つ。
「統合軍創設案について、討議を開始します」
ざわめきが広がる。
この議題は、すでに三度、棚上げされていた。
理由は単純だ。
誰も、自分の軍を、他人に預けたくなかった。
最初に立ったのは、西方圏代表ラドミールだった。
「現状を直視すべきだ」
低く、しかしよく通る声。
「帝国はすでに我々を“準敵性勢力”と定義している」
「個別防衛では、各個撃破されるだけだ」
「理想論だな」
即座に反論したのは、南部自治領の女領主サフィア。
「統合軍とは、つまり指揮権の集中だ」
「誰が、その頂点に立つのか」
沈黙。
誰も、その名を口にしない。
だが、全員が同じ存在を思い浮かべていた。
〈みらい〉。
「……艦長・橘遼を最高司令官に」
誰かが、ついに言った。
小さな声だったが、空間に響いた。
空気が凍る。
「ふざけるな」
サフィアが立ち上がる。
「異世界の軍艦に、我々の命を預けろと?」
「だが、現実だ」
ラドミールが返す。
「彼らなしでは、我々はもう二度も滅びかけた」
後方席で、レイリアは腕を組んで聞いていた。
表情は動かない。
だが、指先はわずかに震えている。
「……中央集権は、必ず腐る」
東方商業連盟の代表が言う。
「我々は帝国と同じ道を歩むのか」
議場は、次第に分裂していく。
統合賛成派。
条件付き賛成派。
断固反対派。
それぞれが、自分の恐怖を正義に塗り替えていた。
そのとき。
扉が、静かに開いた。
遼が、入ってきた。
随行は、ユイのみ。
「……失礼します」
低く、はっきりした声。
「発言の機会をください」
議長は、一瞬迷った末、頷いた。
「私は、司令官になるつもりはありません」
遼は、最初にそう言った。
どよめき。
「〈みらい〉は、統合軍の中核にはなれます」
「だが、支配者にはならない」
「逃げるのか?」
誰かが吐き捨てる。
「違う」
遼は即答した。
「責任を、独占しないためだ」
彼は、議場全体を見渡した。
「俺が命令すれば、艦は従う」
「だが、皆さんの兵は、そうではない」
「命令と信頼は、別物です」
静まり返る。
「だから、提案します」
遼は続けた。
「三層指揮制です」
ホログラムが展開される。
第一層:連合評議会(政治決定)
第二層:統合軍司令部(輪番制)
第三層:〈みらい〉戦略支援枠(独立運用)
「〈みらい〉は、最終兵器ではなく、最後の保険になる」
「誰かが暴走したとき、それを止める側に立つ」
サフィアが、目を細める。
「……監視者になると?」
「抑止者です」
遼は答えた。
しばらく、沈黙が続いた。
「……条件付きで、賛成する」
東方代表が言った。
「ただし、監査機関を設ける」
「同意する」
別の席から声が上がる。
潮目が、変わった。
採決。
賛成:十九
保留:八
反対:五
可決。
統合軍構想は、動き出した。
会議後。
廊下。
「……重かったな」
レイリアが言う。
「戦場より、疲れる」
遼は苦笑した。
『艦長』
ユイが静かに言う。
『今日のあなたの判断は……統計的に、最適解ではありません』
「だろうな」
『でも……最も、人間的でした』
遼は、立ち止まり、天井の星図を見上げた。
「なら、それでいい」
戦争は、まだ終わらない。
だが、旗は、ひとつに縫い合わされ始めていた。
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