第63話 逆潮の夜 ― 裏流突破と監視網崩壊
作戦開始、二十三時零分。
星海外縁、封鎖宙域第三監視線。
そこでは、帝国の哨戒艦群が、規則正しい軌道で回遊していた。
静かで、完璧な警戒網。
破られるはずのない秩序。
だが、その“外側”に。
一隻の影が、存在していた。
現代艦〈みらい〉。
「全艦、沈黙航行に移行」
遼の声は、極端に低い。
「出力、二十五パーセント以下」
『了解』
ユイの応答も、囁きのようだった。
艦体が、ゆっくりと暗転する。
排熱も、電磁波も、最低限に抑えられた。
まるで、星海に溶け込む影だ。
「哨戒艦、前方三点」
レイリアが告げる。
「距離、七千」
『裏流入口まで……残り六百』
ユイが続ける。
そこは、観測不能領域。
通常航路から、わずかにズレた場所。
だが、その“わずか”が、命取りになる。
「このまま行く」
遼は短く言った。
〈みらい〉は、減速しながら、進路を微調整する。
数メートル単位の誤差も、許されない。
『……待って』
ユイの声が、わずかに強まる。
「どうした」
『監視衛星群の位相同期が、乱れています』
『誰かが……再調整している』
「気づかれたか」
レイリアが歯を噛む。
『可能性、三十八パーセント』
『まだ、確定ではありません』
その時。
帝国通信帯に、異常波形が走った。
「通信量、急増!」
レイリアが叫ぶ。
「中央からの一斉照会だ!」
遼は、即座に判断する。
「予定を前倒しする」
「ユイ、電子撹乱開始」
『了解』
〈みらい〉の電子戦装置が、静かに起動した。
目に見えない嵐が、宙域に放たれる。
偽の反応。
虚像の艦影。
時間差通信。
未来予測のノイズ注入。
『哨戒網、混乱中』
『識別不能信号、六十七』
「よし……」
帝国側。
第三監視艦〈グラディウス〉。
「なんだ、この反応は」
管制士官が眉をひそめる。
「艦影が……増殖している?」
「ゴーストか?」
「違う……未来補正値が狂ってる!」
警戒網が、揺らぐ。
『裏流入口、開放確認』
ユイが告げる。
空間が、歪んだ。
水面に落ちた石のように、星海が波打つ。
「突入!」
遼が命じる。
〈みらい〉は、一気に加速する。
その瞬間。
警報。
「敵反応、急接近!」
後方に、帝国高速迎撃艦。
三隻。
すでにロックオン。
「くそ、早い!」
『回避経路、提示』
『成功率、五十一』
「行け!」
艦は、裏流入口へ突っ込む。
砲撃が、かすめる。
装甲が軋む。
『被弾、軽微』
次の瞬間。
世界が、反転した。
上下も、距離も、意味を失う。
星海の“裏側”。
逆潮領域。
外界の光が、消える。
代わりに、青白い流れが、無数に走っていた。
「……入った」
レイリアが、息を吐く。
『追跡信号……遮断完了』
ユイが告げる。
だが。
安堵は、三秒しか続かなかった。
『異常』
『裏流内に……人工構造物、存在』
「は?」
前方に。
巨大な影。
宙域に浮かぶ、要塞のような物体。
「そんな話、聞いてない!」
『帝国の……極秘中継拠点です』
『存在確率、推定値外』
つまり。
この航路は、完全な盲点ではなかった。
遼は、歯を食いしばる。
「……罠か」
そして、その影の奥で。
赤い光が、点った。
迎撃砲台、起動。
裏流突破は、まだ終わっていなかった。
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