第62話 裏の航路 ― 封鎖突破計画と地方連合の密約
帝国による封鎖命令から、四十八時間。
〈みらい〉の艦内では、目に見えない形で“枯渇”が始まっていた。
補給エネルギー、残量六十一パーセント。
予備燃料、四十九。
修復用ナノ資材、三十二。
長期戦には、致命的な数字だった。
艦橋中央。
円形戦術卓を囲み、遼、レイリア、そして臨時参謀役の連合代表代理カイルが立っていた。
通信越しに映る彼の顔は、いつもより険しい。
「正直に言います」
カイルは前置きなく切り出した。
「このままでは、三週間も持たない」
「承知している」
遼は頷いた。
「だから、突破する」
戦術卓に、宙域地図が展開される。
帝国監視網。
哨戒艦。
検問ライン。
それらが、蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。
「正面突破は不可能だ」
レイリアが言う。
「今の戦力じゃ、消耗戦になる」
『……別ルートがあります』
微かな電子音とともに、ユイの声が割り込む。
映像は不安定だが、確かにそこに“存在”していた。
「ユイ」
遼は、静かに呼びかける。
『星海潮流の裏流』
『通常観測されない逆位相航路です』
『帝国の監視網は、理論上、把握していません』
地図の一部が、淡く反転する。
そこには、公式航路には存在しない“空白の帯”があった。
「通れるのか」
レイリアが身を乗り出す。
『成功率……六十二パーセント』
『失敗時、艦体損壊確率、四十八』
沈黙。
「十分だ」
遼は即答した。
「座して解体されるよりは、ましだ」
カイルが、ゆっくりと頷く。
「……実は、こちらにも動きがあります」
彼は、通信を暗号化モードへ切り替えた。
背景が、深い青に変わる。
「地方連合内部で、非公式会合が開かれました」
「参加領主、七名」
「全員、帝国の中央集権に強い不満を持っています」
「密約か」
遼が問う。
「そうです」
カイルは肯定した。
「彼らは、〈みらい〉を“抑止力”として必要としている」
「見返りとして、補給基地、整備ドック、隠蔽宙域を提供する」
レイリアが目を見開く。
「事実上の、亡命受け入れじゃない」
「ええ」
カイルは苦笑する。
「もう後戻りできません」
遼は、腕を組み、しばらく黙考した。
これは、単なる補給交渉ではない。
帝国秩序からの、半離脱。
裏切りと呼ばれてもおかしくない選択だ。
「……条件は」
「一つだけです」
カイルは、真っ直ぐに言った。
「連合が攻撃された場合、〈みらい〉は、防衛に参加する」
重い言葉だった。
「守れ、と」
「共に生き残れ、という意味です」
遼は、ゆっくりと息を吐いた。
「分かった」
「受ける」
即断だった。
「もう中立ではいられない」
「なら、守る側に立つ」
『艦長……』
ユイの声が、かすかに揺れる。
「迷っているか」
『いいえ』
『……少し、安心しています』
「どうしてだ」
『あなたは、もう“何もしない”人ではありません』
『選んでいます』
遼は、小さく笑った。
「褒め言葉として受け取っておく」
「では」
レイリアが、戦術卓を操作する。
「作戦をまとめる」
【封鎖突破計画・コードネーム:裏潮】
第一段階:裏流航路への強行侵入
第二段階:全通信遮断
第三段階:地方連合隠蔽宙域へ跳躍
第四段階:即時補給・修復開始
「開始まで、十二時間」
レイリアが告げる。
遼は、司令席に座り直した。
「全員、覚悟しろ」
「これは脱出じゃない」
「反撃のための、最初の一歩だ」
星海の彼方で。
〈みらい〉は、静かに進路を変え始めていた。
誰にも知られない、裏の流れへ。
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