第58話 焦土の空 ― 連合宙域に落ちた現実
開戦から、四十八時間。
地方自治連合防衛圏は、すでに「宙域」ではなく「戦場」と呼ぶべき場所に変わっていた。
星海の光の流れは、爆発の閃光と砲撃の残光に上書きされ、かつて穏やかだった航路は、破壊された艦艇の残骸と漂流物で埋め尽くされている。
通信網には、絶え間なく救難信号が流れていた。
それは、軍艦だけではない。
貨物船。
難民輸送艇。
巡礼船。
ただ、生きるために移動していただけの船ばかりだった。
〈みらい〉艦橋。
『民間被害報告、更新』
『撃沈四隻』
『大破七隻』
『消息不明三隻』
『推定死傷者、六万二千』
ユイの声は、変わらない。
だが、報告の頻度は、明らかに増えていた。
「……増えすぎだ」
遼は、呟く。
「たった二日で、これか」
レイリアは、拳を握る。
「帝国は、完全に見境がなくなってる」
映像が切り替わる。
連合中継局からの生中継。
そこに映っていたのは、破壊された宇宙港だった。
崩れた桟橋。
燃え続ける燃料タンク。
真空に晒され、凍りついた人々。
救助隊が、必死に回収している。
「助けてくれ」
中継に、微かな音声が混じる。
「子どもが……まだ……」
次の瞬間、通信は途切れた。
艦橋に、重苦しい沈黙が落ちる。
誰も、言葉を探せなかった。
『被害集中区域、ノルフェル宙港』
『帝国艦隊、制圧作戦中』
ユイが続ける。
『民間施設と軍事拠点の混在率、高』
『誤爆確率、意図的許容範囲内』
「……わざとだな」
遼は、低く言った。
「民間を盾にしてる」
『はい』
ユイは即答した。
『国際戦争法規に抵触する可能性が高い戦術です』
可能性、という言葉が、空虚だった。
その頃、ノルフェル宙港。
仮設避難区画。
薄暗いシェルターの中で、人々は肩を寄せ合っていた。
水も、食料も、足りない。
空気循環装置は、半壊している。
幼い少女が、母親の袖を引く。
「ねえ、帰れるの?」
母は、答えられなかった。
突然、警報が鳴る。
ミサイル接近。
迎撃網は、すでに飽和していた。
「伏せて!」
誰かが叫ぶ。
次の瞬間、爆風が壁を貫いた。
光。
衝撃。
悲鳴。
映像は、そこで途切れた。
〈みらい〉。
遼は、画面を見つめたまま動かなかった。
「……限定戦争だなんて」
声が、かすれる。
「嘘じゃないか」
『艦長』
ユイが、ゆっくり言う。
『現在の戦場構造では、限定戦闘は成立しません』
『優勢側が、必ず拡大を選択します』
それは、理論ではなく、現実だった。
レイリアが言う。
「あなたは、止めようとした」
「でも……止まらなかった」
責めてはいない。
事実を並べただけだった。
そのとき、緊急通信が入る。
ノルフェル救援隊からだった。
「こちら第七救護班」
「〈みらい〉に、直接要請する」
「防衛網が崩壊した。これ以上は、民間が持たない」
「今すぐ、来てくれ」
声は、泣いていた。
遼は、拳を強く握る。
爪が、掌に食い込む。
「……俺は」
言葉が、途切れる。
「俺は、守るって言ったのに」
『艦長』
ユイの声が、わずかに低くなる。
『今からでも、被害抑制は可能です』
『ただし』
一拍。
『交戦規模の拡大を、受け入れる必要があります』
沈黙。
選択肢は、また減った。
星海は、泣かない。
ただ、光の中に、無数の死を溶かしていくだけだ。
そして〈みらい〉は、その中心で、再び決断を迫られていた。
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