第57話 開戦 ― 最初の一撃が世界を変えた
星海は、異様なほど静かだった。
光の潮流は緩やかに流れ、遠方の位相雲は微かに瞬いている。
だが、その中心で、二つの武装勢力が互いに砲口を向け合っていた。
〈みらい〉。
帝国艦隊。
距離、三万八千。
主砲有効圏内。
艦橋には、緊張という名の重力が満ちていた。
誰も、無駄な言葉を発しない。
操作音すら、異様に大きく響く。
『敵艦隊、全艦主砲充填完了』
ユイの報告は、冷静だった。
だが、その声の奥には、かすかな硬さがあった。
「……まだ、撃つな」
遼は、繰り返す。
指は、肘掛けを強く握っている。
限定支援。
先制攻撃はしない。
それが、最後の理性だった。
帝国旗艦〈アストリオン〉。
司令室。
クラウスは、光学モニターに映る〈みらい〉を見つめていた。
「……まだ動かないか」
副官が囁く。
「挑発しても、反応しません」
クラウスは、ゆっくりと息を吐く。
「優等生だな」
「だからこそ、邪魔だ」
彼は、短く命じた。
「第三随伴艦に、任務を与えろ」
数分後。
帝国艦隊の左翼から、一隻がわずかに前進した。
小型高速艦〈リベリオン〉。
武装は軽い。
だが、機動性は高い。
『敵小型艦、接近』
ユイが警告する。
『砲門開放確認』
「警告通信を出せ」
遼が即答する。
「民間保護宙域だ。これ以上の接近は敵対行為とみなす」
通信が飛ぶ。
だが、返答はない。
〈リベリオン〉は、速度を上げた。
「……わざとだな」
レイリアが低く言う。
「発砲理由を作ってる」
遼は、歯を噛みしめる。
「それでも、撃つな」
その瞬間だった。
帝国艦隊中央部から、白い閃光が走った。
重粒子砲。
〈リベリオン〉の進路上、わずか数百メートル前方の空間を撃ち抜く。
威嚇射撃。
だが、計算は狂っていた。
粒子流は、位相乱流に巻き込まれ、進路を歪める。
光が屈折し、次の瞬間。
〈みらい〉の右舷防壁を直撃した。
衝撃。
轟音。
艦体が、大きく揺れる。
『右舷シールド、三十七パーセント損耗』
『第二区画、与圧低下』
『負傷者、三名』
「被弾……!」
オペレーターが叫ぶ。
艦橋に、緊張が走る。
遼は、一瞬、言葉を失った。
先制していない。
だが、撃たれた。
すべてが、変わった瞬間だった。
『艦長』
ユイの声が、鋭くなる。
『敵性行動、確定』
『自衛権行使、合法域に入りました』
法的判断。
だが、それは、開戦宣言と同義だった。
遼は、目を閉じた。
一秒。
二秒。
そして、開く。
「……限定反撃だ」
声は、震えていなかった。
「照準は、武装系統のみ」
「沈めるな。止めろ」
『射撃許可、確認』
『主砲、副砲、位相制御モード』
『発射準備』
〈みらい〉の艦体が、青白く発光する。
エネルギーが、主砲に集束していく。
それは、怒りではなかった。
責任の光だった。
「撃て」
遼は、静かに命じた。
光が、走った。
精密に制御された位相砲が、帝国随伴艦の推進部を貫く。
一隻。
二隻。
三隻。
爆発ではない。
停止だった。
『敵艦三、行動不能』
『戦闘不能判定』
ユイが即時に解析する。
帝国艦隊が、どよめく。
想定より、正確すぎた。
強すぎた。
クラウスは、歯を食いしばる。
「……やりやがったな」
「全艦、戦闘配備第二段階」
「限定戦争、開始だ」
命令が、走る。
砲門が、次々と開く。
ミサイルポッドが展開される。
もはや、威嚇ではない。
実戦だった。
〈みらい〉艦橋。
『敵、全面交戦態勢』
ユイが告げる。
『衝突確率、九十二パーセント』
レイリアが、遼を見る。
「……始まったわね」
「ああ」
遼は答える。
「俺たちが、始めたわけじゃない」
「でも、止める責任は、背負った」
星海に、最初の戦火が灯った。
それは、小さな火種だった。
だが、やがて帝国全土と連合全域を焼き尽くす炎へと育っていく。
誰にも、もう止められなかった。
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