第53話 鋼の誘惑 ― 連合に広がる武装論
エリシア暗殺未遂事件から五日後、ヴァルディス連合議場には、かつてない緊張が満ちていた。
重厚な円形天井の下、集まった代表者たちは、誰一人として雑談を交わさず、資料を睨みつけるように見つめていた。
卓上に並ぶのは、被害報告書、防衛計画案、資金試算表、兵站構想図。
それらはすべて、一つの問いに収束していた。
我々は、戦うのか。
最初に口火を切ったのは、山岳伯ディルハルトだった。
「もう十分だろう」
低く、しかしはっきりとした声だった。
「経済を締め上げられ、代表は殺されかけた。これでまだ話し合いだの、忍耐だのと言うつもりか」
彼は、分厚い拳で机を叩く。
「連中は、俺たちを潰す気だ。だったら、先に牙を剥くしかない」
賛同の声が、すぐに上がる。
「正規軍を再編すべきだ」
「傭兵団を正式に雇用しよう」
「独自の砲台網を築く必要がある」
発言は、次第に過激さを帯びていく。
もはや防衛ではなく、対抗戦力の構築だった。
リュシア侯は、静かに手を挙げた。
「理解はします」
彼女は言った。
「ですが、軍備拡張は、中央の思う壺でもあります。彼らは、我々が武装するのを待っている。そうなれば、“反乱鎮圧”という名目で、正規軍を投入できる」
場内に、沈黙が落ちる。
それは、誰もが薄々理解していた現実だった。
「では、黙って殺されろと?」
若い領主が声を荒らげる。
「代表は狙われ、村は飢え、港は封鎖されている。これ以上、何を我慢すればいい」
彼の兄は、ノルディアで死んでいた。
感情は、理屈より重い。
エリシアは、まだ療養中で、この場にはいなかった。
彼女の不在が、議論をさらに荒らしていた。
象徴がいない組織は、すぐに分裂を始める。
議場の後方で、控えめに手が上がった。
内政担当官マルセルだった。
「一つ、提案があります」
全員の視線が集まる。
「段階的防衛化です。全面武装ではなく、治安維持名目での警備隊強化、監視網整備、通信網の独立化を進める」
彼は資料を広げる。
「表向きは行政改革。実質は、防衛基盤です」
空気が、わずかに和らぐ。
妥協案だった。
だが、ディルハルトは首を振った。
「甘い」
「それで守れるなら、最初から苦労しない」
「帝国は、もっと踏み込んでくる」
議論は、三時間に及んだ。
防衛派、穏健派、現実派。
三つの潮流が、せめぎ合う。
そして、次第に、防衛派が優勢になっていく。
理由は単純だった。
恐怖は、理性より早く伝染する。
最終的に、仮決議が採択された。
「連合共同防衛構想・第一段階」
内容は、以下だった。
各領に常備警備隊の設置。
重装備の限定配備。
兵站拠点の共有。
緊急動員制度の導入。
表現は穏やかだが、実質は準軍事化だった。
採決後、リュシアは独りで席に残っていた。
「これで……後戻りできなくなったわね」
彼女は、呟く。
誰にも聞かせるつもりのない声だった。
その頃、帝都。
情報局本部。
「連合、武装化に着手しました」
報告官が告げる。
局長は、満足げに頷いた。
「よし。これで、我々は正義の側に立てる」
歪んだ論理だった。
〈みらい〉艦橋。
ユイは、新たなデータを提示していた。
『連合軍備指数、急上昇中。半年以内に帝国との軍事衝突確率、六十一パーセント』
レイリアが眉をひそめる。
「もう止まらない流れね」
遼は、長く息を吐いた。
「俺たちが何もしなかった結果が、これか」
『艦長』
ユイは、はっきりと言った。
『選択を先送りした結果、他者が選択せざるを得なくなったのです』
それは、責めではなかった。
事実だった。
連合は、剣を取る準備を始めた。
守るために。
だが同時に、争いへ踏み出す準備でもあった。
鋼の誘惑は、静かに、確実に、彼らの手を引いていた。
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