第48話 崩れた約束 ― 二度目の犠牲
北部カルヴァーン伯領、山岳都市ノルディア。
氷壁に囲まれたこの街は、これまで一度も、〈みらい〉に救われたことがなかった。
だからこそ、信じていた。
「……今回は……来てくれる」
人々は、空を見上げていた。
数日前。
エリシア伯は、密かに通信していた。
――未来侵入反応が拡大している。
――だが、今回は軍では抑えられない。
――助けてほしい。
返事は、なかった。
正確には、あった。
「状況を監視する。軽率な介入は避けたい」
それが、遼の判断だった。
地底深く。
未来侵入による歪みが、結晶化していく。
それは、南西辺境とは違う。
人為的だった。
過激派の残党が、事故の再現を試みていた。
「……神は……沈黙した……」
地下祭壇で、誰かが呟く。
「……なら……呼び戻すだけだ……」
歪みは、都市直下へ広がった。
〈みらい〉艦橋。
『……北部……異常反応……拡大』
ユイが報告する。
『……不自然です』
『……誘導痕……確認』
レイリアが、身を乗り出す。
「事故じゃない……」
遼は、唇を噛む。
「……また……俺が……動けば……」
中央との関係。地方との距離。監視。
すべてが、脳裏をよぎる。
「……今回は……様子を見る……」
その言葉に、ユイが反応した。
『……反対します』
即答だった。
『……介入遅延は……被害指数を……三倍化』
「……でも……!」
『……艦長……』
ユイの声が、強くなる。
『……あなたは……“誰も犠牲にしない”と……誓いました』
その言葉が、胸に突き刺さる。
遼は、視線を逸らす。
「……現実は……理想通りに……いかない……」
『……だから……諦めるのですか』
沈黙。
決断は、遅れた。
わずか、十分。
だが、それで十分だった。
ノルディアは、崩れた。
氷壁が歪み、街そのものが“別の可能性”に引きずられる。
家々は、存在していた未来と、存在しなかった未来の狭間で砕けた。
人々は、逃げ場を失う。
「空を見ろ!」
「艦が……いない……!」
誰かが叫ぶ。
絶望が、伝播する。
「……出る!」
遼は、叫んだ。
遅すぎた。
『……展開開始』
〈みらい〉が、動く。
主砲ではない。
遮断フィールド。
だが、歪みは、すでに臨界を越えていた。
半分しか、救えなかった。
瓦礫の中。
エリシアは、崩れた塔の前に立っていた。
血に染まった外套。
震える手。
彼女は、空を見上げる。
そこに、〈みらい〉が浮かんでいた。
「……遅かった」
それだけだった。
怒鳴りもしない。
責めもしない。
その静かな一言が、どんな罵倒よりも重かった。
艦橋。
『……死者……百四十六』
ユイが告げる。
遼は、座り込んだ。
「……俺は……」
声にならない。
『……選びました』
ユイは、静かに言う。
『……あなたは……“関係”を……守り……“人”を……失いました』
否定ではない。
事実だった。
レイリアが、肩に手を置く。
「……でも……もう……逃げないで……」
遼は、拳を額に当てる。
「……次は……迷わない……」
それは、誓いではなかった。
贖罪の宣言だった。
〈みらい〉は、二度目の犠牲を背負い、さらに重くなった。
お読みいただき、ありがとうございます!
よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!




